言うまでもなく、電気自動車はガソリン自動車よりも環境にやさしい。
CO2排出はゼロ。騒音も格段に小さい。 安全面でも優れている。
(生産するときと発電するときにCO2排出するじゃん、という、
どうしてもひねくれたい人の反論が聞こえてきそうだけど、いったん無視します)
いつかガソリン自動車はなくなり、電気自動車が主流になるんだろうな、
という漠然としたイメージを多くの人が感じていると思う。
そして、馬力の問題とかコストの問題とかいろいろあって、
まだまだ時間がかかりそうだな、というような印象があるのだと思う。
だけど、馬力の問題は技術力、コストも需給バランスの問題なのであって、
これは時間が解決する問題だ。そこについては楽観してよいと思う。
ではいったい何が電気自動車の普及の際にハードルとなるか、
といえば、それは間違いなく「インフラの整備 」だ。
電気自動車は、当たり前だけど電気が動力。
クルマであちこちを移動するにあたって、
電気をどうやって供給するか、という問題がある。
家庭用のコンセントを使って充電する技術はひとつの解決策だ。
上の動画では、町中に整備された電気供給のインフラを示している。
特徴的なのは、バッテリー交換も行えるインフラを表していること。
お金は?と思うかもしれないけど、
このインフラを進めようとしているBetter PLC 社の計画によれば、
この電気とバッテリーの供給を「月額利用料 」として
課金する仕組みにしようとしているのだという。
これで、電気自動車のほうがガソリンより安くなるビジネスモデルを描いている。
もう長くなったので詳細は今度書くけど、
こういうのが「経済原理を取り入れたエコ普及 」ということ。
注目したい。
ようやく本腰感が出てきた:
(2008年7月) 7日から開かれる主要国首脳会議(洞爺湖サミット)で、温暖化ガスの主要排出国16カ国が、新たな対話の場の創設 で合意する方向となった。日本が提案し、各国が同意する見通しだ。2013年以降の排出削減の枠組み(ポスト京都議定書)交渉を後押しし、国連交渉を加速する狙いだ。
[2008.07.02付 NIKKEI NET/補足&強調Ekojin]
国際政治が対話の場という「枠組み 」ありきで動くのが基本である以上、
その枠組みの創設と運用は目的の成否に大きく関係する。
今回とにかく主要排出国を16カ国集められそうだ。
アメリカや中国が入るのはいうまでもなく、
主要な国々はこの種の取り組みに参加する義務がある。
新しい枠組みの具体的な名称や開催時期などは未定だが、主要排出国間で対話を継続する必要性 では一致する見通しだ。MEM(「エネルギー安全保障と気候変動に関する主要経済国会合」) のように国連交渉を補完する場との位置付けだ。 (10:02)
[2008.07.02付 NIKKEI NET/補足&強調Ekojin]
・・・若干もどかしいのは事実だ。
今更対話対話、って遅い気がしなくもない。
だけど、何もやらないよりは全然良い。
だって、枠組みができれば前に進まざるを得ない。
往々にして政治の決定事項なんてものは、
「成果を発表するために 」成果を作る、
というパターンがある。
ブッシュは、来年1月の退任前に北朝鮮問題で成果を上げたい、
だから北朝鮮問題も大きく前進している。
それと同じこと。
それで良いのかもしれない。
というより本質なのかもしれない。
国営諫早湾干拓事業(長崎県)で有明海の環境が変化し漁業被害が発生するなどしたとして、福岡、佐賀、長崎、熊本の沿岸4県の漁業者ら約2500人が国を相手取り、潮受け堤防撤去や堤防の排水門の常時開放などを求めた訴訟の判決が(2008年6月) 27日、佐賀地裁であった。
神山隆一裁判長は干拓事業と一部海域での環境悪化や漁業被害との因果関係 を認め、「国は中・長期の開門調査を実施すべきだ」として、国に対し、判決確定後、代替の防災工事などに要する3年間の猶予後に南北2か所の排水門を少なくとも5年間開放するよう命じた。
[2008.06.27付 読売新聞(Web版)/補足&強調Ekojin]
諫早湾の衛星画像。くっきりと干拓事業が進行中。
[GFDL ver.1.2/Tdk, 2005]
・・・1989年に着工された諫早湾の干拓事業。
地元でも推進派と反対派に分かれて長年論争されていて大きな社会問題になっている。
経済的・政治的側面では、なかなか一筋縄ではいかない問題であるとは知りつつも、
環境の側面からは答えはひとつだ。
だって、遠浅の海を仕切って陸地に変えよう、
というんだから、もともとの生態系を完膚なきまでに叩き壊すことは
誰がみたって明白なこと。
判決では、堤防閉め切りで泥の質が悪化したと認定。魚介類の生息が困難になるほど水中の酸素濃度が低下 する「貧酸素水塊」が頻発する事態を招いたとした。
また、干拓工事で海底の泥が拡散し、毒性の強い赤潮の増加につながった可能性 を指摘。これらの影響で、諫早湾内や近隣海域でアサリ養殖や漁船漁業に被害が出たと認定した。
[2008.06.27付 読売新聞(Web版)/強調Ekojin]
・・・どうしてこんな当たり前のことが社会問題化するんだろう、
という気がしないでもないけれど、それはやっぱり環境問題に偏った見方なのかもしれない。
干拓事業の「受益者」と言える農家からしたら、「何をいまさら」ということになるんだろう。
諫早湾干拓事業は、「動くと止まれない公共事業」の典型だ。
なぜか報道は抑制的だけれど、どう考えても利権の巣窟であることは間違いない。
計画から着工までの時代は、今ほど世の中の環境意識も高まっていなかった。
今同じような公共事業案件が通せるか、というと甚だ疑問だ。
それでも、止まれない。
開門したところですぐに元の生態系が戻ってくるはずもない。
失われたものは基本的には元には戻らない。
人間はこういうことをこれからも続けて良いのか、
真剣に考えるときに来ていると思う。
乱立する環境関連のラベル。
[環境省 / 「環境ラベル等データベース 」より]
・・・いろいろな商品に付けられている環境ラベル。
大抵、「地球にやさしい」とか「環境に配慮した」などの枕詞が添えられる。
文具やパソコン、家電製品、食品の容器などに緑色の葉や地球、「ECO(エコ)」という文字のデザインなど、環境配慮をうたったマーク類がついていることがある。 代表的なのは、日本環境協会が89年に始めた「エコマーク」だ。約50種の商品に基準があり、たとえばプラスチック製品の場合、リサイクルしやすいような表示やオゾン層破壊物質の不使用などの基準を満たした上で、審査を受けないとつけられない。
一方で、企業が環境配慮をうたって独自に商品につけるマーク類 も多い。環境省によると、国内だけで数万種にのぼるとも言われる。
こちらはエコマークのように基準に基づく第三者審査が無く、自社基準で自由に表示できる。あいまいで環境配慮の根拠がわからない ことも多く、消費者がどれが環境によいのか比較することも難しい。
[2008.02.04付 asahi.com /強調Ekojin]
・・・そうなんだよね。
このあたりはしっかり基準を作って欲しい。
「なんだかよくわからないけど環境に良いんだって 」
という理由でモノを買ってしまっている人も多いだろう。
で、作られたのがこれ⇒「環境表示ガイドライン 」
根拠の良くわからない「エコ」の看板で消費者を誤認させるようなことはしてはイカンね。
景表法にも関係するんだろうけれど。
まあそれでも本当に「環境に優しい」のであればまだしも、
例 の再生紙偽装のように、ウソついちゃってる場合もあるから要注意だ。
ラベルは有効だけど、今のところ絶対的な基準にはなっていない。
環境に優しい消費行動をする意識は大事だけれど、そのあたりは気をつけないとね。
トイレットペーパーを買ったら、こんなモノが:
「持ち運びに便利 エコ取っ手 」
と書いてある。
・・・んー??
ってしばらく考えてしまった。 エコ取っ手?
えっと、何が??
考えた結果出した結論:
「もしかして、
“この取っ手があることでレジ袋に入れなくてもそのまま持てるよ、だからエコ”
と言いたいのじゃまいか。 いや、きっとそうに違いない。」
いやでもね、
これって、前からあったんじゃね?
だからもともとトイレットペーパーってレジ袋に入れなくね?
どうだろう。
このメーカーは、この取っ手つけるのが初めてで、
だからエコってとりあえず名づけたんだろうか。
いやはや。
なんでもかんでも「エコ」だなあと苦笑してしまいました。
話半分くらいに接しないと。
そういえば紹介していなかったので。
環境問題の世界においてあまりにも有名な1992年の「リオの伝説のスピーチ 」。
セヴァン・カリス・スズキというカナダの12歳の少女が、
リオデジャネイロで開催されていた「地球サミット 」に仲間とともに「押しかけ」、
子供の環境団体の代表としてスピーチした。
国連主催の世界的な環境会議に参加する世界の重鎮たちを前に、
堂々と、しかし怒りを交えながら発せられる痛烈な言葉。
「あなたがた大人は私たち子供の未来を考えたことがありますか? 」
「直す方法がわからないものをこわし続けるのはどうかやめてください 」
という悲痛な訴えの数々。
伝説のスピーチとまで言われている。
インターネットの動画共有サイトの登場とネットワークインフラの発展と整備は、
長らく環境関連の伝説だったスピーチをも、
こうやって字幕付きで、伝えたい人に簡単に伝える、ということを実現する。
本当にすばらしいことだと思う。
このスピーチを聞いて心を動かされないでいることは困難だ。
環境問題なんて自分には関係ない、と頑迷に主張する人の意識すら、
少なからず変える力を持っているだろう。
・・・世界を変える 、ということに重要なファクターは、
意思と運ともうひとつ、「手段」ということが挙げられると思う。
ネットの高速化とITのユビキタス化は、間違いなくその手段だ。
人の意識改革は哲学や倫理に属するものではなく、
経済学と言語学に属する問題 だと改めて思う。
要するに、効率と伝達手法がカギなのではないか、と。
・・・その正否はともかく、
伝えたいと思うことはなんであれ今後も伝えていきたいと思います。
「環境家計簿 」をつけてCO2排出量を意識しよう、という取り組み:
チェックするのは「電気」「水道」「ガソリン」「ごみ」などの項目です。例えば電気では、1キロワット時の電力を生み出すために排出されるCO2の量はあらかじめ決まっている(排出係数)ので、電力の使用量に排出係数をかければ、CO2の排出量が計算できます。他の項目も同様に計算し、1カ月のCO2排出量を把握します。各地の自治体などが環境家計簿のモデルを作成しています。
とはいえ、家計簿を長続きさせるのには根気が必要です。そこで神奈川県は今年(2008年) から登録制のインターネット版環境家計簿 を作成し、計算の簡素化のほか、前月や同世帯の平均値との比較ができるような仕組みにしました。県環境計画課は「楽しみながら排出削減に取り組むきっかけになれば」といいます。これから環境家計簿をつけてみよう、という人は、友人などグループでにぎやかに挑戦してみてはいかがでしょう。
[2008.05.26付 毎日.jp/補足&強調Ekojin]
なるほど。神奈川県ね。
早速やってみよう。県外の人も登録できるみたい。
⇒環境家計簿「エコボ 」
神奈川県のネット環境家計簿「エコボ」
電気料金の明細などを見ながら入力していく。
車のガソリンなんかは厳密に1ヶ月分なのか微妙だけど、
ざっくり入力する感じなので細かいことは気にしないでおこう。
そうすると、1か月分のCO2排出量が計算されて表示された。
なるほど。こうやって可視化されると、CO2排出のイメージが沸いて理解も深まる。
企業が何トンを購入した、というニュースに接したときもわかりやすい。
さらに、月次の推移を知ることによって「節約」の意識も高まる。
まさに「家計簿」だ。
・・・こうやっていかに人のイメージに訴えてエコを推進するか、
というのはシンプルだけど大事なこと。
神奈川県以外の各自治体の取り組みも徐々にみていきたい。
大事なサンゴを守ろうって話。
重要な湿地などを保護するラムサール条約に2005年に登録された和歌山県串本町沖のダイビングスポットに、ダイバーが捕獲したサンゴの天敵・オニヒトデを収容する「オニポスト 」が設置されている。
一帯は世界最北限のテーブルサンゴ群落 で知られる。04年、オニヒトデが大発生し、食害が広がった。今の時期のオニヒトデは直径10センチ前後だが、秋には約20センチに成長するため、小型のうちに駆除しようと、(2008年) 5月、地元ダイバーが設置。容量1.5リットルのペットボトルを再利用し、水深約15メートルの海中にロープで固定。週1回のペースで回収している。(2008年6月) 10日には9匹が入っていた。考案した串本海中公園センターの前館長・御前(みさき)洋さん(60)は「今のうちに捕獲しておけば、大発生は防げるはず」と話している。
[2008.06.12付 読売新聞(Web版)/補足&強調Ekojin]
オニヒトデ (フィジーのカメア島付近)
[”Crown-of-Thorns starfish”/Author:Matt Wright /cc-by2.5 ]
・・・へー。なるほど。
オニポストという名前はかなり気に入った。
少し気になるのは、オニヒトデ がもともと在来種なのに、
「ラムサール条約に登録された湿地だから
(=登録されたときの美しいサンゴ礁を守らなければならない)」
とか、
「有毒なオニヒトデはダイバーにとって危ないから」
という理由で駆除しようとしているのではないか、ということ。
だってもしそうなら、人間の勝手な都合、ってことでオニヒトデにとってはいい迷惑じゃないかな。
人間がオニヒトデを食べるわけでもその他の何かに利用するわけでもなさそうだし。
オニヒトデがサンゴを食するのは、自然の摂理の一環なのでは、って思ってしまう。
そのあたりの事情、誰か知りませんか。
(あんまりその観点で語っているサイトがなかった)
駆除、という言葉、妙に抵抗感があるのはあまりにナイーブすぎるかね。
どうなんだろ。
環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」のメンバー2人によるクジラ肉の窃盗事件で、グリーンピースは(2008年6月) 21日、東京都新宿区の事務所で記者会見を開き、「不要で不当な逮捕。即時釈放を求めたい」と訴えた。
会見した星川淳事務局長(56)は捜査当局に協力することを伝えていたとしたうえで、「証拠隠滅や逃亡の恐れはない」と主張した。
「調査捕鯨の深い闇を暴くには、肉の持ち出しは正当 」と強調したが、メンバー2人の持ち出し行為については「事前に組織決定はせず、知らなかった」と明かした。
また、グリーンピースは調査捕鯨船の乗組員を業務上横領の疑いで告発していたが、(2008年6月) 20日に東京地検が不起訴としたことについては、「サミット前で、政治的な配慮からでは」と批判した。
[2008.06.21付 読売新聞(Web版)/補足&強調Ekojin]
・・・うーん。
無茶苦茶な理屈だなあ。
犯罪を予防する為だったら不法行為をして良い、
っていうのは、傲慢極まりない話。
不当な逮捕、っていう根拠が全くわからない。
自力救済の原則禁止 、という判例上の通説を知らないのだろうか。
どんな理由であれ、権利の行使には法的手続きが必要なのだ。
法的な手続きによらないで、自分だけの力で権利を行使する(=自力救済)を
認めてしまうと、ちからイコール正義 、ということになってしまう。
社会の秩序が混乱し倫理が崩壊する。
反社会的集団が反社会的と言われるゆえんだ。
(「自分たちの正義が社会秩序に優先する」)
・・・こういう集団が、環境団体の看板を掲げることに強い抵抗感を感じる。
グリーンピースは、過激な思想集団であり環境保護団体ではないと思う。
そもそも、部下を使って組織的違法行為をする、
という行為自体が近代国家にあって良いはずがない。
さらに、逃亡の恐れも証拠隠滅の恐れもないから逮捕が不当だ、
と言っているが何をかいわんやである。
それを判断するのは逮捕される側ではなく司法警察だ。
当たり前でしょうに。
犯罪を犯した犯罪者が「逃げないから大丈夫大丈夫」と言っている
その理由だけで、逮捕を見送ってしまったら警察って何なの、っ感じ。
環境問題という世界の社会問題のフィールドで、
自分たちが絶対に正しい、と純粋に確信してしまっている集団だから、
なおさらタチが悪いね。
環境問題に取り組むまともな団体がうさんくさい目で見られてしまうよ。
まったく悩ましい人たちだ。
5月から6月にかけて、渋谷の街が環境の街に。
これは、渋谷に本拠を置くNHK主宰の「NHKエコスタイル・ストリート 」。
2006年から取り組んでいる「地球だい好き 環境キャンペーン 」のイベントの一環。
ボランティアを募ってプランターに花を植えたり、
緑化をテーマにしたイラストを描いたフラッグを渋谷公園通りに配置したり。
・・・歩道脇にプランターを置いておくことで、違法駐輪防止になっているという。
イイネ!
どうせなら渋谷じゅうの企業や店舗を巻き込んで、
東京国際映画祭みたいな大規模なキャンペーンにするといいのかもね。
渋谷といえば環境の町 、となるような。
そうなれば必然的に若い人の環境意識も高まるでしょう。
(ただし、実は若い人よりも年配の人のほうが意識改革が必要なんじゃないか、
って思っているけれどその話はまた今度)
キヤノンの地産地消:
食の安全・安心への要望の高まりとともに、地産地消 への取り組みが関心を集めている。その流れを受けて全国各地の事業所で昨年(2007年) 11月から、地元産野菜などを積極的に活用し始めた。
茨城県の取手事業所では茨城産コシヒカリ への切り替え、宇都宮事業所ではとちおとめフェアー でのストロベリータルト、大分キヤノンでは大分県産デーの実施 など、各地の地域性に合わせてそれぞれ工夫している。
東京都大田区下丸子の本社でも地産地消を実施している。人事本部の杉村茂樹課長代理(40)は「東京だけでは限定されるので、神奈川、千葉、茨城など関東近郊の食材を使っている」と取り組みの一端を語る。
[2008.06.13付 FujiSankei Business i. on the Web/補足&強調Ekojin]
キヤノン下丸子本社
[”Canon HQ”/Author:神酒 Coal /cc-by-nc2.0 ]
このほか下丸子本社では「メタボリCare 」という、
640キロカロリー以下で野菜が豊富な健康志向の人気メニューもあるという。
良いことだね。
キヤノンのようなメガカンパニーが全社的にエコに取り組むと、効果も高い。
地産地消と健康はどうも親和性が高い らしい。
やっぱり、土地で取れた旬のモノを食べる 、という古来からの食の基本形が
地球にも身体にも最も負担をかけない、ということなんだろうね。
当たり前のような気もするけれど、都会人は忘れがちなことだ。
CSR(企業の社会的責任)という言葉は最近は陳腐化してきており、
CSRとIR、という本来全然違う次元で語られるべきことが一緒くたに
されているようなケースも見られる。
企業のエコな取り組みを、「CSRやIRの一環として」という枕詞で
紹介されることがあるけど、本来CSRはもっと本質的な深い概念 のはずだ。
そもそもCSRは対外的にアピールする対象のものではない。
社会的影響力のある企業に不可避的に内在する責任 のことであり、
黙々と果たすべきものであってブランドイメージアップのツールではない。
・・・そのことをどうか忘れないで欲しいなと思いつつ、
大企業の地産地消の取り組みを今後もウォッチしたいです。
・・・ところで下丸子には特産品はないのかなw
未読のまま積んでいた本を読了。
「生物と無生物のあいだ 」
(著・福岡伸一/講談社)。
分類としては生物学の本。
テーマは「生命の本質 」。
念のため書くけれど、
エコの精神は突き詰めれば生命賛歌のことだ 。
生命を尊ぶ気持ちがエコの精神を醸成する。
・・・噂にたがわぬ名著で参った。
目からウロコが落ちました。
分子生物学者である著者が、自己のアカデミズムの原点であるテーマ、
すなわち「生命とは何か 」という問いに対して、
その答えを探求するべく経験してきたことを語る。
「生命とは自己複製を行うシステムである 」
20世紀の生命科学が達したこの答えについて、
分子生物学の最大の研究対象である遺伝子の組成などの
平易な解説を試みながら、より深い考察をしている。
砂と風に洗われつつも小さな海の精霊たちが運ぶ砂粒によって
元の形を崩さない砂の城。
そんな文学的なアナロジーによって説明される生命の本質、
―いや、ここだけではなくこの本全体がひどく文学的だったことに
正直困惑すらしたのだけれど、―
すなわち、
生命とは、動的平衡にある流れである。
という結論!簡にして明!
欠けるところも余すところもない名定義だと思う。
なるほどね。
鴨長明が方丈記の冒頭で謳いあげた有名な文:
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし 」
これがまさか、生命のメタファーどころか、
科学的な意味においても生命の本質そのもの だったとは。
生物学の本に「あるまじき」(といいたくなるほど心憎い)
著者の文章力に舌を巻きつつ、良書に出会えた喜びを誰かと共有したいもの。
神秘のベールを取り去ってもなお飽くなき探求の対象であり続ける
この生命という「小粋な何か」。
これからも敬意の念をもって接することにしたい。
「eco検定」合格者は、「エコピープル 」と名乗れることは以前 紹介済み。
そのエコピープルに応募を募る「エコレポーター 」という制度がある。
審査の結果エコレポーターとして選ばれた人は、自分のエコ活動をサイト上で報告する。
で、Ekojinも試しに応募してみたところ、
第2期のエコレポーター53人のひとりに選ばれました !
というわけで早速Ekojinの初仕事。
先日の内モンゴルの植林活動の紹介が掲載されました。
⇒Ekojinのエコレポート
・・・9月までにもう一度レポートを送ることになってます。
地道な活動だけど、「エコの輪」が広がるのは嬉しいこと。
次は何を書こうかな。
(下)こんな名刺ももらった。
先日のエコライフ・フェアでノベルティのひとつとしてもらったのがコレ:
「芽が出るしおり 」だって。
とうもろこしを使った植物性プラスチック製品のひとつ。
もちろん生分解するので環境に良い。
「バイオマスプラスチック 」とも言う。
このしおりには種が入っていて、それをプラスチック部分のしおりが覆っている。
土に挿しておけば1週間ほどでしおりが生分解されて芽が出るんだって。
上の写真は「タイム」。
面白いね。
実はいろいろなところで既に活躍している このバイオマスプラスチック。
あまり身近ではないけれど、
こうやってノベルティとして配られればなんか育ててみようかな、という気になる。
世の中のエコの芽も出て欲しいもの。