懐かしい・・・。
1982年製作のCMというからもう四半世紀以上前のTVコマーシャル。
もちろん一部の環境保護運動は当時から盛んだったわけだけれど、
現在のようにブームとしての「エコ」、あるいは人々の環境意識の萌芽はまだない時代。
どちらかと言えば「食べ物を残さない」という道徳教育の色が強い。
当時人気の番組だった「まんが日本昔ばなし」を髣髴とさせる
ほのぼのとした説話。
“もったいないことをすればお化けにたたられる ”
という因果応報の説話でもある。
それから一世代分の時代がくだり、
「もったいない」は「MOTTAINAI 」となり、
その「後世に残すべき美意識」とされたコンセプトを世界に広めた環境活動家 は
ノーベル賞を受賞している。
世界の趨勢は環境保護を抜きには語れなくなってきた。
世界中がMOTTAINAIを唱和する時代だ。時代は変わった。
今は、
「(アニメのコミカルな)お化けが出てきちゃうよ!」、、、ではなく、
もっと深刻なことを子どもに教えなくてはならない。
いやそれどころではなく、
どちらかというと子どもたちに謝罪をしなければならないのかもしれない。
こうやって並べてみると、一応日本が突出しているように見える。
2020年まで の温室効果ガスの各国削減目標
国名
削減目標数値
基準年又は条件
日本
25%
1990年
ロシア
22-25%
EU
20%
オーストラリア
25%
2000年
アメリカ
17%
2005年
カナダ
20%
2006年
韓国
4%
2005年
30%
2020年までに何も対策を講じなかったときに比べて
ブラジル
36.1-38.9%
2020年までに何も対策を講じなかったときに比べて
中国
単位GDPあたり40-45%
2005年
ただね、、確かに25%削減は野心的、、、なのだけれど、
そもそも基準年がバラバラなので単純比較自体にあまり意味がないことに加えて、
各国の事情に基づく「難易度」の違いもあるので一概に判断できない。
さらに、「何も対策を講じなかったときに比べて」
というあまり意味があるとは思えない数字を出してきている国もあるので要注意。
シミュレーションの正確性をどうやって担保しているのか。
また、中国に至っては絶対量でも相対量でもなく単位GDP比、という
「温室効果ガスを世界で増やさない 」という大目標から
完全に逸脱した条件設定を出してきている。
要するに、経済が発展すればするだけCO2を排出するという宣言だ。
かように各国の政治的な事情が交錯しているのが現状。
12月のCOP15コペンハーゲンでは、
京都議定書以降の枠組みについて合意することは既に悲観視されている。
中国もアメリカも、駆け込み寺のように目標を発表したけれど、
要するに国際会議の場で「悪役」になりたくないのだろう。
この難しい状況の落としどころを決めるのは各国の駆け引きの巧拙か。
外交力や政治力、そして経済成長性などのぶつかりあい。
現代世界は、私有財産と自由意志を奉ずる人々により
グローバル化された価値観が共有された「イデオロギー終焉の時代」
などと評されたりもするけれど、
「国家主義 」の鋭い牙はまだまだ健在だ。
CO2をめぐる各国間の悲しきゼロサムゲームの行方はどうなるのか。。
DVDでアメリカ映画を観ていたら、エンドクレジットにこんな一文が:
”NativeEnergy社のカーボンオフセットにより、
本映画のCO2排出量は100%相殺されております ”
⇒Native Energy社
こんな一文がさらっとエンドクレジットに記載されるようになる時代だね。
映画づくりはカネもかかるけどCO2もかかる。
製作者としての社会的責任の表現だろう。
この映画は2007年公開映画。
2年も経てばそれなりに実績も積まれているだろうから、
これから映画観るときはクレジットも気をつけてチェックしよう。
当然というか、マイクロファイナンスにも懐疑論がある。
2人の経済学者:
Center For Global Developmentという機関のD. ロードマン氏
ニューヨーク大学公共政策大学院のJ・モーダック教授
この2名の共同名義論文が発表されている。
これまでのマイクロファイナンスの研究成果の再検証を行い、
その結果、「マイクロファイナンスはあまり意味がない 」という結論を導いた。
害になっているわけではないが、益になっている証拠はない、
という結論だ。
ロードマンとモーダックが行ったのは、こうした研究報告を再び精査することだ。計量経済学の専門用語や数式が頻出する2人の報告書は非常に難解だ。だが結論は至って簡単。マイクロファイナンスは、借り手が景気の悪い時期を乗り切る助けにはなるかもしれない。しかし貧困層が困窮から抜け出す手段になるという報告は、実証できない、あるいは間違ったデータに基づいて書かれている という。
2人の報告書によれば、貧困の改善と小規模融資という現象が一緒に起きている事例がよく見られるのは確かだが、どちらが要因となってもう一方に作用しているのかは断定できない。「注目すべきは、マイクロファイナンスの活動が30年間も続いているのに、利用者の生活が向上したという数値的な証拠はほとんどない ことだ」と、2人は指摘している。
[2009.07.01付News Week日本版(Web)より /強調Ekojin]
⇒論文 (PDF): ”The Impact of Microcredit on the Poor in Bangladesh: Revisiting the Evidence” by David Roodman and Jonathan Morduch
・・・ふむー。計量経済学 か・・・。
門外漢過ぎる。。。
とは言え経済学の一部門であることは間違いないし、
知らなきゃダメかなと思い触りだけ覗いてみたことがあるけれど、
さっぱりわかりませんでしたw
というわけで、「計量経済学で再計算すると効果ナシ!」
って言われてもそれが正しいのか間違っているのか、判断する材料がない。。
地球温暖化が人為的な原因なのかどうなのか、
っていう論争と同様に、これも専門家によって結論が異なる領域ってことなのか。
懐疑論者に言わせれば、
ユヌス教授とグラミン銀行のノーベル賞受賞も多分に政治的な意味合いが強い、
ということなのかもしれない。
市場を作るために、ある分野に権威付けをする必要がある 、と。
なんか、どこかで聞いたような 理屈だ。
そして、ここでもまた当ブログで主張し続けていることを繰り返しておこう。
どちらが正しいかなんてあまり重要ではない、と。
勿論明確に否定されたら続ける意味はないけれど、
大事なことは効果そのものよりも意識だ。
何もしないことの理論武装だけはしたくない。
まず行動、そして修正、また行動 。
すべてのアクションの基本ではないか。
<<PREV [Kiva融資(2) ~フィリピンの薬草売り ]
3回目のKiva融資はドミニカ共和国の洋服売り。
毎回25USドルずつの融資。
さらに毎回Kiva.orgに対して3.75USドルの寄付を行っている。
円高ということもあり、負担は少ない。
首都サント・ドミンゴの北部で洋服を売っているグループ。
今回は合計で2150USドルを融資してもらい、
男性向けポロシャツや女性向けブラウス、それにベルトなどを仕入れる。
リーダーのマリアさんは、利益が出れば子供にラジオを買ってあげたいらしい。
ビジネスが軌道に乗れば将来はもう2名ほど従業員を追加して、
小型バスを手に入れて、もっと都会まで服を売りに行くプランを立てている。
Kivaは、それぞれの国での現地パートナーとなるマイクロファイナンス機関を
ネットワークしている。
今回のドミニカ共和国の例では「Esperanza International」という
マイクロファイナンス機関を通じた融資となっている。
そのパートナーの情報も基本的にはオープンになっており、
融資の判断材料となる。
⇒ Esperanza International Dominican Republic
これまでの融資実績や貸出資産総額。返済実績。手数料率。
・・・こういう情報が収集され、
共通インターフェースとして提供されるのは大変ありがたい、と思う。
NEXT >> [Kiva融資(4) ~返済状況 ]
“Flow: For Love of Water ”
というドキュメンタリー映画をTVで観た。
多くの国で、「水の供給 」が民営化しており、
それがもたらす悲惨な現実を描く。
Suez社 やVeolia(旧Vivendi)社 といった
水メジャーたちが、貧困地域の「取水権」を得て
企業論理に基づいた水の販売を行なっている。
淡水がなくて困っている人たちには
結局手の届かないものとなり疫病が蔓延。
開発途上国への経済的融資を行うべき世界銀行も、
この問題に関しては完全に水メジャーたちに牛耳られており 、
民間シンクタンクである「世界水会議 」、
及びそれが主催して閣僚宣言も出される「世界水フォーラム 」も、
結局功利主義的な企業のための場になっている、
というのが本映画の重要な問題提起だ。
とても考えさせられる。
プロデューサーのスティーヴン・スター氏が国連で講演:
本映画では、世界人権宣言 に新たな条項を追加することを提案している。
1948年12月に国連で採択されたこの宣言は、言うまでもなく、
世界が達成すべき最も基本的な人権についての国際的な宣言だ。
⇒世界人権宣言 (PDF)
その最後に、次の条項を加えようというのだ:
第31条
すべての人間は健康と幸福のため、清浄な水を得る権利を有する。特定の経済目的に対し、何人たりともこの権利を阻害することを禁ずる。
Article 31 :
Everyone has the right to clean and accessible water, adequate for the health and well-being of the individual and family, and no one shall be deprived of such access or quality of water due to individual economic circumstance.
⇒署名サイト
(※SSLになっていないのが少し気になるけど)
・・・つまり、水利権の排除 だ。
太陽が誰のものでもないように、
地球を循環する水も、誰のものでもない。
水を私的にせき止める権利など誰にもありはしない。
治水や利水は、公的に行うべきだ 。
日本は、水の販売そのものではなく、
淡水化技術や利水インフラの整備の高い技術などで
世界に貢献するべきだと思う。
フランシス・フクヤマ著「歴史の終わり (上・下)」を読んだ。
人類の政治史の興亡は絶対王政や一党独裁制など、
様々な形を取り、共産主義やキリスト教条主義などの
さまざまなイデオロギーが現れてきた。
だけど、先進国の多くで採用されている
「リベラルな民主主義と資本主義 」こそが
あらゆるイデオロギー闘争の最終形態であり、
この全人類的達成をもって人類の「歴史」が終わる 、
というのが本書の主張。
もちろん、「歴史」が終わるというのは何も起こらなくなる、
という意味ではなく、
おおざっぱに言えばイデオロギーの歴史が終わるということ。
歴史を叙述した歴史書というよりは、人類の歴史の哲学的本質を
ヘーゲル、マルクス、ニーチェらの主張を引き合いに出しながら
「認知の欲望 」というコンセプトで説明し、
われわれ人類の「歴史哲学 」を解き明かす。
正直、難しい本。
ちとアメリカ人特有の自己肯定?と思うところや
結論ありきっぽいところもあるけれど大変勉強になった。
歴史哲学書の書評は本ブログの主旨には含まれないので、
ひとつだけ。
本書で、「ほとんどの環境保護論者が陥っている自己矛盾と大欠陥 」
という表題が振られている一節がある。
その一部を紹介する。
フクヤマ氏は、人間による自然の征服の正当化の両論を紹介するくだりで、
このように述べている:
現在の環境保護論者のほとんどは、昆虫やバクテリアにも権利があるなどとは思っていないし、その事実は、彼らもやはり人間の尊厳の優越性を信じていることのあらわれなのである。つまり、彼らがアザラシの赤ん坊やクサウオを保護しようとするのは、われわれ人間がそういう生き物をまわりにおきたがっているからだ。だが、環境保護の立場からいえばこれは偽善にほかならない。もしも人間が自然の生物よりすぐれた尊厳を有しているといえるだけの合理的な根拠がないとすれば、アザラシの赤ん坊のような自然の一部が、これまた自然の一部であるエイズ・ウイルスより高い尊厳をもっているといえる合理的な根拠もなくなるからだ。
[フランシス・フクヤマ著「歴史の終わり」 /三笠書房/1992]
・・・近代における人間の権利意識の高まりとともに顕わになった矛盾だ。
自然科学の発達によって、人間とその他の動物、昆虫、その他あらゆる自然の被造物には
本質的な違いがないことが明らかにされた。
生物種の違いは、たんぱく質と自己複製子の「量的な違い 」に帰するというわけだ。
そこには「高等な生物」や「尊厳のある生物」という区別などない。
この問題には、「人間とは何か? 」という本質的な問いが含まれている。
道徳的選択や理性といったものは、人間特有の特別なものなのだろうか。
フクヤマ氏はこの問題について、
「相対主義の袋小路 」という解釈を与えるのみで
答えを出してはいない。
これは難しい問題だ。
一応Ekojinなりに環境保護の意義に方向性を与えてみよう:
個別の生物種のレベルでは考えず生物種全体を含めて考える
地球環境を一つの循環したサイクルとみなす
人間の尊厳とかプライドうんぬんではなく「未来をシミュレーションできる唯一の存在」の責任として、現状認識と危機対策を打つ
今のところこうなる。
人間がことさらエラいわけではなく、
現状から未来を予想できるのは人間だけ なので、
その知見をもって手遅れになる前に手を打つ、地球的規模で。
どうだろう。
本著はイデオロギーの終焉を描きだしたものとして、
1992年の登場以来、さまざまな論議を生んできた。
環境対策の必要性が叫ばれる今だからこそ、
この先見の明と理知にあふれた名著に対して、
ささやかな感想を書いておきたいと思ったので。
8本目。
初めて緑色以外の樹になりました。
赤ワインのグラスを逆さまにしたような形で面白い。
キーワードは前回から増えなかった・・・。
⇒参考: 今までの変遷
ところでグリムスは、2009年11月1日付けで運営主体が変更されている。
これまでは数名の個人がいわばボランティアで続けてきたわけだけれど、
10月に2周年を迎えたのを機に、法人運営に変更された。
新しい運営主体は「株式会社ユビキタスエナジー 」。
⇒同社のIRリリース
JASDAQに2009年3月に上場したばかりの元気のある会社さん。
環境負荷やエネルギーコストの削減という分野の
商品やソリューションの販売を行っている。
通期の業績予想(2009.10.30付 )で約35億円売上、約5億円の経常利益。
無借金経営で社員約250名。自己資本比率は7割超。
見る限り優良企業だと思います。(投資は自己判断でw)
当ブログを含む約44,000のブログがこのグリムスプロジェクトに参加して、
日々バーチャルな樹を育てている。
運営がしっかりした企業に引き継がれたことで、
リアル連動などの面白くて効果的な仕組みなど、ますます期待してしまおう。
楽しみだね。
今までの運営の皆様、お疲れ様でした!
第11回皇居ぐるっとウォーク 。
参加してきました(2009年11月21日)。 今年で3回目の参加。
(参考: 第9回 /第10回 )
今回のコースは以下のとおり。約9km。
日比谷公園 [Start]
→ 汐留シオサイト → 増上寺 → 芝公園
→ 東京タワー → 愛宕神社 → 国会議事堂
日比谷公園 [Goal]
(コースマップ)
・・・とっても良い天気に恵まれて、気持ちの良いウォーキング。
日比谷公園に始まり、日比谷公園に終わるのは毎回恒例。
(下)日比谷公園
(下)汐留 がカッコいい理由は「日テレ」と「電通」があるから。うん、カッコいい。
(下)フォロ・ロマーノ をイメージ? イタリア公園 (汐留)。
(下)竹芝桟橋 にある帆船のマスト。
(下)大門といえば増上寺 。 東京タワーがひょっこり。
(下)増上寺そばの「芝東照宮 」。もちろん家康公。明治初期の神仏分離による。
(下)東京タワー 。 なんだかんだで威容を誇る。
・・・で、見上げていたらなんだか登りたくなってしまい、、、
急遽時間内でのゴールは諦めて w、東京タワーを「登攀」することにしました。
(下)全部で600段の階段。 「ノッポンブラザーズ」に励まされながらw
(下)地上250メートルの特別展望台。地球の丸さを実感する。なんだか。すごい。
(下)よくまあビッシリと一個ずつ建てたものだね。人間ってやつは。隙間ないよ。
(下)国会議事堂 に着いたころには随分陽も落ちてきちゃった。
(下)三日月のキレイな夕刻。これは三宅坂あたりかな。
(下)日比谷公園の代わりに日比谷の「ペニンシュラホテル」にゴールしましたw
・・・今年はちょっと寄り道をしてしまったけれど、
ピリッと清々しい気候のなか、改めて東京のいろいろな顔を堪能しました。
楽しかったです。
国民総幸福量 。
(Gross National Happiness = GNH)
これをあらゆる政策の重要な指標とする国といえば、言うまでもなくブータン 。
ヒマラヤの山麓にあり、チベット仏教を国教とする唯一の国。
中国とインドという二大国に挟まれながらも、そのユニークな文化や伝統、
そして何よりも、国の近代化にある程度「自制」をかけるその姿勢に
各国の注目が集まっている。
近代化は必ずしも国民の幸福には繋がらない。
よく言われる言葉ではあるけれど、
それを政策(ポリシー)として掲げ、政治として実践できている国は非常に珍しい。
伝統の重み、自然の恵み、森林と神々、、、。
「足るを知る 」の精神。
小学生の必須科目に「英語 」と「環境保護教育 」。
隣の国のように「情報を統制して抑えつける」のではないところがステキだ。
秘境、と言われるけれど鎖国をしているわけではない。
単にアクセスが悪いだけなのだ。
憲法に森林面積の比率が謳われるというのも明確で良い。
(先進国には馴染まないと思うけど)
・・・自然との調和、という考え方。
とてもイイネ、って思う。
本日(11月20日)は、「世界こどもの日 」。
「児童の権利に関する条約 」が国連総会で採択されたのが1989年11月20日。
今年(2009年)は、それからちょうど20年にあたる。
子どもの権利条約、とも呼ばれる。
条約を貫くのは、「子どもは守るべき存在というより権利の主体である」という考え方。
すべての子どもは、意見を表明する権利がある。
そして、政策で迷ったら、「将来の子どもたちに利益になるのはどっちか 」
という観点で決定するべき、という考え方。
それをこの条約の加盟国は尊重する必要がある。
児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。
[Convention on the Rights of the Child (日本語公定訳) 第3条1項]
残念だけど、193の締約国・地域を数えるこの条約の精神は
条文どおりに遂行されているとは言い難い。
子どもたちよりもオトナたちの利益、
オトナの都合によって子どもたちが翻弄される、、、
そんな例は洋の東西を問わず枚挙にいとまがない。
ちなみに、アメリカは全国連加盟国のなかで
この条約を批准していないたった2ヶ国のうちの1つだ。
(もう1ヶ国はソマリア)
環境問題なんてその最たるものではないだろうか。
人為的な原因による地球温暖化や生態系の破壊で誰が困るか。
地球自体や当の生物を除けば、それは間違いなく未来の子供たち である。
今生きているオトナたちが全員死んだあと、
子どもたちは「親が残した莫大な債務の連帯保証 」を余儀なくされる。
この節目の日。
いま一度子どもたちのことを考えよう。
2010年度予算概算要求に関連してここ最近報道を賑わせているのが
「事業仕分け 」。
各省庁から出された「いくら欲しい」という要求、
すなわち国が行う「事業」の必要性や妥当性をひとつひとつ吟味して、
本当に要求通りの公金を支出するに値するのかをチェックする。
仕分けのチームは国会議員や民間の有識者たち。
連日、市谷の体育館を使って行われている。
省庁の代表たちがその必要性を懇々と説明し、
それに対して「仕分け人」たちがツッコミを入れる、という構図だ。
公開で行われおり、インターネット中継も実施されている 。
言うまでもなく先般政権を奪取した民主党の目玉施策のひとつだ。
いままで財務省と族議員たちが密室で決めていた(とされる)予算策定に、
外部の目や国民の負託を受けた代議士たちの議論の場を設け、
そしてその模様をネット公開、というこれ以上不可能なくらいのオープンな場で
税金の使い道の妥当性をチェックしている。
そして、妥当性がないと判断されれば、予算の廃止や縮減という結果が待っている。
政権交代がなければまず行われなかったこと。
国民の前で説明できないお金の使い道は許されない、ということ。
(防衛費の詳細や外交報償費、官房報償費などは、例外だと思うけど)
とても良い施策だと思う。 主旨にもその手法にも賛成だ。
そりゃあかつて誰もやったことのない手法だから、
失敗や制度上の不備もあるだろう。
現に、メンバー選定やその判断基準などには少なくない疑問の声が集まっているらしい。
まるで公開裁判ではないか、という批判もある。
マジメに必要性を訴える省庁の役人たちにバッサバッサと厳しい質問が飛ぶ、
というその構図には「役人イジメ」ではないか、という意見もあるようだ。
それらは新制度の運用時には必ず出てくる類のものと受け止めたほうが良いと思う。
なんであれやりかたを変えると、必ず批判がでる。
変えたくない側からも、違うほうに変えたい側からも。
これらの批判への対処は、ノウハウの範疇だと個人的には思う。
何せ新しい制度でかつ準備期間もないなかで、
想定リスクの吟味もそこそこに、ある程度は見切り発車だったのだろう。
いま出ている批判の中身をよくよく洗い出し、その上でカドを削っていけばよい。
ノウハウがたまる、ということはそういうことだ。
そもそも対案のない批判にまともに付き合うと疲弊する。
環境対策や科学技術の問題といった、短期的な予算設定の視点、
というよりはむしろ長期的な視点に立った判断をするべき事案もあり、
それらを、他のものと同様にバッサバッサやることには当然慎重であるべき。
仕分けになじまない事業、というものも当然あるだろう。
なんでもかんでも減らせば良い訳ではない。
ただ、それを判定する目利きもノウハウだ。
あらゆる「既得権」を一度テーブルに乗せたうえで、
「で、必要なんだっけ」っていう議論を定期的にすることは絶対に必要。
でないと水は淀む。不健康だ。
批判に臆せずに頑張ってもらいたい。
個人的には、
サイエンス分野や環境関連の予算が削られるのは忍びないけど・・・。
面白いアプローチだと思った。
英国の廃棄物処理業者らは、埋め立て処理税の増税を求めて戦っている 。焼却処分に回すゴミを十分に確保し、発電の燃料にするためだ。廃棄物処理業のビリドーと同業ビッファによれば、年間1500万トンのゴミを焼却することで2000~3500メガワットの電力と熱を産出できる可能性があり、同国の最大電力需要の5%(450万戸)相当をまかなえるという。
会計事務所アーンスト・アンド・ヤングのパートナー、ロブ・ウィンチェスター氏は、「英国の廃棄物処理事業は、全体的にエネルギー重視の方向に向かおうとしている。現時点で廃棄物発電所がない、あるいは開発段階にある地域では、大規模な廃棄物発電所の需要が20基ほどある。こうした需要はきっと満たされるだろう」と述べた。
[2009.11.18付 MSN産経ニュース/補足&強調Ekojin]
・・・つまり、埋め立てを減らして焼却を増やしたほうがメリットが大きい 、というわけだ。
一見、逆のような錯覚も感じたけど、よく考えたらそうだね。
石炭を燃やす発電(石炭火力発電)ではなく、ゴミを燃やして発電に使う(廃棄物発電)。
風力発電所や原子力発電所を作るよりも、
廃棄物発電所のほうがワットあたりの建築コストを抑えられるらしい。
風力発電の約半分、原子力発電の3分の2。
さらに埋め立てると、メタンガスが発生してしまう、という問題もある。
メタンガスはCO2なんか比較にならないくらいの温室効果が高い。
ただ、そもそも廃棄物を焼却するのではなくリサイクルすべきだ、
という環境保護論者からの反対意見もあったりして、なかなか奥深い。
廃棄物には必ずエネルギーが含まれている、という考え方だ。
いずれにしても廃棄物を「資源」と捉えている立場は変わらない。
リデュース とリユース とリサイクル 。
循環社会の根本原則としてとても使い勝手の良いコンセプトだと改めて思った。
<<PREV [LIVING IN PEACEフォーラム(2) ~カンボジアONE ]
「奉職しているのは世界銀行ですが、
ボランティアでマイクロファイナンスに長年携わっています。」
という印象的な自己紹介で始まったのが世界銀行の福井龍氏のセッション。
冒頭で、「MIVs (Microfinance Investment Vehicles)」という新しい概念の紹介。
・独立した法人格の存在
・不特定多数の投資家を募っている
・マイクロファイナンスに特化している
という条件を満たしている場合、その機関にVehicle(乗り物、媒介者)という言葉をあてて、
MIVsと称するのだそうだ。
そしてこれがその「市場規模」:
[福井氏のプレゼン資料より (許諾が出ている認識ですが著作権的に問題あればご連絡を)]
2008年の数字で約70のMIVsを数え、その資産残高は50億ドルに達する。
投資対象の国では南米地域と欧州・中央アジア地域で8割近くを占める。
グラミン銀行とユヌス教授の功績で、南アジアのイメージが強いマイクロファイナンスだけど、
実はそうでもないらしい。
ふむーーー。
なるほど、非常に勉強になる。
マイクロファイナンスは、ビジネスだ。
フォーラム当日のQ&Aセッションでも
「寄付を100%のソーシャル・リターンと見れば、マイクロファイナンスも含めて
ソーシャル・リターンとファイナンシャル・リターンのバランスとして一元化できる」
みたいな議論があった。 なるほど。
既に5000億円以上の市場規模になっている割に、このプレイヤーの少なさはどうだ。
企業家は遠慮せずにビジネス・チャンス と捉えるべきだと思う。
そう考えることで、「民」のパワーが発揮される。
<<PREV [LIVING IN PEACEフォーラム(1) ~千人が1ずつの仕事 ]
LIPフォーラムで紹介のあったファンド「カンボジアONE 」。
カンボジアのシェムリアップ地区(アンコールワットがあるところ)に支店を持つ
現地のマイクロファイナンス機関「Samic (旧CHC)」を通じて、
貧困層向けのマイクロファイナンスを実施する。
カンボジアONEの仕組み:
一口3万円で手数料5.5%。 そんなにお手ごろというわけではないが、
今回のフォーラムでのSamicの担当の方、それに
日本で同ファンドを運営するミュージックセキュリティーズ社の小松社長の話は、
マイクロファイナンスの分野に可能性を感じてアクションを起こしたい自分を
納得させるには充分だった。
Web経由で必要情報を登録するなどして、オンラインの銀行決済で申し込んだ。
PayPalかクレジットカードの決済手段がほしいところ。
さてさて。 まずはアクション。
NEXT >> [LIVING IN PEACEフォーラム(3) ~マイクロファイナンスの市場規模 ]
本日(2009年11月15日)、貧困国へのマイクロファイナンスの経済開発を手がけるNPO
「LIVING IN PEACE」が主催するフォーラムに参加してきた。
モルガンスタンレーキャピタル株式会社に「本業」を置く身でありながら、
このNPOの代表を務めるのが慎泰俊氏。
「パートタイムNPO」として「日本発のマイクロファイナンスファンドの組成 」
という活動を行っている。
貧困問題を金融の手法を使って解決しようとする姿勢はとても真摯で好感が持てた。
金融工学については少し色眼鏡で見てたところもあったけれど、
認識を改めたほうが良さそうだ、と感じた。
ファンド組成にあたってのビジネスパートナーが、
ミュージックセキュリティーズ社 。
音楽ファンド、という切り口でアーティストと投資家をつなぐ活動をしている。
LIVING IN PEACEの2010年の目標は3つだそうだ:
1.さらに提携の輪を拡大し、2010年に5以上のファンド組成 に携わる
2.専門性の高い分析手法を導入する
3.持続可能なパートタイム組織のロールモデルをつくる
どれも興味深い内容だったけど、特に3が面白い。
・一人が100やるより、千人が1ずつやるのがよい
・パートタイムでも大きな活動はできる
・パートタイムだからこそできる活動がある
当たり前のことだがそれができていないのが現状、と指摘する慎氏。
とても共感する。
自分もこの活動に関わりたいと思った。何ができるだろう。
もういくつか、当日の様子を紹介してみます。
NEXT >> [LIVING IN PEACEフォーラム(2) ~カンボジアONE ]
読売新聞に「地球温暖化を防ぐ奇策?」というタイトルで、
若干キワモノ的なニュアンスで紹介されていた温暖化対策案の存在を知った。
・海水中の塩分を大気に撒いて白い雲を増やす
・宇宙空間に大量の鏡を設置して太陽光を宇宙に跳ね返す
・雲を効率的に作り出す化学物質を上空に撒く
地球そのものに工学的に手を加えて居住環境の改善を目指す研究を、
「地球工学 」というらしい。
英語でジオエンジニアリング(geoengineering)。
将来、月や火星などへの人類移住を真剣に検討する場合、
巨大なドームを作って酸素を恒常的に産出する方法を考えるなど、
循環型環境を工学的に作らなければならない。
そういう「テラフォーミング」の一分野として、
いま既に我々が住んでいるこの「地球」の環境を作り変えようとする試みだ。
・・・「地球に手を加える」という手法には賛否あると思うが、
研究自体は続けるべきだと思う。
今のところ奇策とされているのは仕方ないとしても、
そもそも科学の歴史は宇宙探索と同じく
未踏のフロンティアを切り開く歴史だったはず。
今日決めて明日からできる取り組み。
大阪市が毎年発行している冊子「環境白書」について、市議から「環境に優しくない」と指摘され、今年度から発行部数やページ数を3~4割削減し、CD-ROM版も初めて作製した ことが(2009年11月) 12日、分かった。これまでは350ページを超す分厚さで大量の紙を使用していたほか、市議1人に3部も配布していたという。
[2009.11.13付 MSN産経ニュース/補足&強調Ekojin]
大阪市「環境白書」
(2008年度版)
⇒こちらは環境省の「環境白書 」
というか、いままでやってこなかったのがフシギ・・・。
PDFやWebでの公開を原則にして、
どうしても冊子が必要な場合もPDFのプリントアウトで充分だと思うけどなあ。
ネットやコンピューターが決してみんなが使えるツールでないことは分かるのだけれど、
「環境」を謳う白書なんだからペーパーレス化は真っ先に取り組むべきだと思います。
他の自治体はどうなんだろ。。。
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Kivaの融資第2弾。
前回はグループへの融資だったけど、今回は個人への融資。
フィリピンで自然の薬草販売を営む69歳の女性。
彼女はその人生すべてを貧しい境遇で暮らしていたし、それ以外の生き方なんて知らない。
同居する39歳の子供に少しでもサポートする為、
この薬の仕事に精を出そうと決めた。
受けようとしている合計175ドルの融資はそういうことに使うのだという。
うん。良いではないでしょうか。
できればもうちょっと細かいビジネスプランを聞きたいところではあるけれど。
業種や融資希望額や目的も本当にバラバラだ、ってことに気づく。
今は正直、あまりうまい融資をしていないのかもしれないけれど、
何度かやってみて、
自分なりの「インベストメント・ポリシー」を見つけていこうと思います。
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ワシントンDCに本部を置くCensus of Marine Life (海の「国勢調査」)、
という調査団体がある。
さまざまな科学的手法を使って、その名のとおり、海の「国勢調査」を行っている。
つまり、海の生物多様性 の実態を調査している。
これがその紹介動画:
・潜水艦のソナーのような音響をつかった生物群調査
・DNAサンプルの分析調査
・タグによる個体追跡調査
がメインの調査手法だ。
さまざまな生物の絶対量や移動の軌跡、
特定地域の生物群クラスター分布などを調べている。
海そのもののようなその生物多様性の広がりと深みを考えれば、
海の生物群の実態こそ地球全体の生物の実態の最も有力なサンプル調査になる。
ただ、海はあまりにも広大だ。 未知なることが多すぎる。
こういう科学的な手法の精度はそのままデータの信頼度につながり、
課題対策の有効度になる。 対象物を知らなければ対策はできない。
動画を見ていると、なんだかワクワクしてくるのは自分だけだろうか。
知らない道を歩くのに、
ある強い意思と明確な方向性を持っているときの高揚感、というか。
カーボンフットプリント (CFP)マークが付いた商品が登場し始めている、
という記事を日経MJで読んだ。
第一弾は、イオンのプライベートブランドの3品目。
[イオン 2009.10.13付プレスリリース (PDF)より]
・スーパークリーンホワイト(衣料用洗剤)
・キャノーラ油ギフト(食用油)
・特別栽培米あきたこまち
これらの商品に、生産、運搬、販売、使用、廃棄の各段階における
CO2排出量の合計が円グラフになって表示されている。
消費者に対してCFPをアピールすることで、エコ需要を喚起している。
[経済産業省 2009.05.29付プレスリリース (PDF)より]
この制度を利用してマークを商品に表示するためには、
商品別に計算されたCFPの原案を事務局に申請し、
意見公募や専門家の審査を経て認定される、という流れだ。 少し面倒っぽい。
ただ、統一された指標でもってCFPを表示できるのは双方にとってメリットのある話。
この制度がブラッシュアップされて、もっと使いやすく浸透されればいいね、って思う。
日経MJでは、この制度に関するふたつのハードルを上げている。
(1) 消費者のメリットをどう訴求するか
(2) CFP算定は、商品のライフサイクル全体に関わるため、労力がかかる
両方とも、確かにそのとおり。
消費者は電気代が減らせるわけでもないし、商品自体が安いわけでもない。
「長い目で見るとエコ」である、という訴求ポイントがどこまで「刺さ」るか。
これは大事な問題。
さらに、商品製造、運搬、販売、廃棄、、、となると細分化された流通すべてに関わる。
算定にコストがかかるっていうのもうなずける。
このハードル、決して低くはないハードルだけど、
要するにCO2排出量ってものがなんとなくボワッと抽象的だからこそ。
排出量を測る技術もイノベーションも続々と生まれているなか、
世界のノウハウの蓄積でなんとかなりそう、、、 って思うのは
あまりにも楽観的、、、すぎかな。
ガソリン税なんかよりずっと国民の理解を得られやすいはず。
小沢鋭仁環境相は(2009年11月) 6日の記者会見で、地球温暖化対策税の導入時期 について「国民がいいと言うなら、今の政府が(厳しい財政状況という)負の遺産を抱えていることを考えると、4月からが望ましい」と述べ、同意を得られるのであれば来年度当初からの導入を求める考えを示した。
[2009.11.06付 MSN産経ニュース/補足&強調Ekojin]
・・・どうもガソリン税の暫定税率廃止と時期をずらして、
「税の振り替え」という印象を払拭するというアイデアは
あまり賛同を得られていないようだけど、個人的には賛成。
暫定税率廃止は鳩山政権が掲げる温室効果ガス25%削減の中期目標に反する、
という批判があるらしい。 しかし、どうだろう。
「暫定」であるはずの税金を何十年も遺してきたこと自体がおかしいのではないか。
さらに、廃止による急激な減収を心配する批判の声もある。もちろんその点はケアする必要がある。
それでも「暫定」という大義名分はやはりおかしい。
上記のふたつの批判に応えるのであれば、
暫定ではなく本税にするか、別の名目の税金とするのがスジであり、
鳩山内閣は後者を選んだということに過ぎない。良いアイデアではないか。
さらに目的税化することで、おかしな使われ方をする心配も(若干)減る。
天下り人事に関する「ダブルスタンダード」や首相の「故人献金」問題など、
現政権のハネムーン期間に既にニュースを賑わせている政治問題は確かにある。
だけど、それでもなお、少なくとも政権交代はあって良かった、と思う。
少なくとも、自民党には任せていた時代の
惰性という名の無為、あるいは前例踏襲という名の悪弊が、
いずれも払拭できそうなイメージがもてる。
見よ、あの鉄板の自民党集票マシンだった大企業や業界団体の方が、
今や民主党にすり寄っているのが現実ではないか。
自民党以外は政治家ではないとまで言い続けていた連中が。
自民党に添い遂げるのではなかったか。 実に情けない利権食み集団だ。
意義ある税制であれば大歓迎。
「道路族」なんてジャンル、、もう無意味なレッテルだと信じたい。
コンクリートから人へ。
大手金融は大手なりのやりかたで。
三井住友銀行は(2009年11月) 2日、温室効果ガス排出の大幅削減に取り組む企業 に国が借入利息を補填(ほてん)する制度を活用し、電炉最大手の東京製鉄に同制度の国内第1号となる融資を行ったと発表した。
融資総額は100億円(返済期間5年)。制度により、東京製鉄は国から3年間で数億円の利子補給を受け、この間、実質無利息で借り入れを行えるという。
[2009.11.02付 読売新聞(Web版)/補足&強調Ekojin]
⇒環境省「京都議定書目標達成特別支援無利子融資利子補給金 」
・・・こんな制度があるとは知らなかった。
削減義務を達成するために環境対策の設備投資をする企業に銀行が融資 を行う。
その借り入れ金利、最大3%を国を補填を行う。
公共事業という形で国が行う事業ではなく、民間の事業に対する支援。
同じカネを使うなら、より広がりと深みが望めるほうはこっちだろう。
東京製鉄はこの設備投資で、薄型板を製造する電炉工場を建設する。
従来の高炉に比べCO2の排出量を大幅に減らせる。
金融にも国が絡み始めてきた。
「行き過ぎた市場主義」の反動のひとつの表れなのかな。
こういう支援なら国民の理解も得られやすいのではないか。
製造業に寄り過ぎている気もしないではないけど。
2009年12月7日から約10日間、デンマークのコペンハーゲンで開催される会議、
「COP15 」(気候変動枠組条約第15回締約国会議)。
2012年で期限が切れる京都議定書に続く国際的な枠組みを決める会議だ。
言うまでもなく最大の焦点は、「世界全体をいかに巻き込めるか 」に尽きる。
特に、世界のCO2排出の1位、2位であるアメリカと中国を巻き込めるか。
アメリカは産業界の反発もあって削減義務を負うことに慎重。
結局、先進国で唯一京都議定書に批准していないのがアメリカだ。
中国は「途上国である」という理由で削減義務を負おうとしない。
まず先進国から義務を負うべし、というのが彼らの立場だ。
COP15の作業部会、つまり本番前の前哨戦はもう始まっている。
各国の思惑による溝は埋まりそうにもない、、と報道されている。
12月のCOP15では結局有効な合意が得られず、
京都議定書を暫定的に延長するしかないのでは、という観測がある。
⇒COP15公式サイト
COP15を主導する国連及びデンマーク政府は
“Seal the Deal “(合意文書にサインしよう)
というキャッチフレーズを掲げている。
国連事務総長パン・ギムン氏の動画:
SEAL THE DEAL 。
外交でもあり経済会議でもある。
だけど、そのどちらとも違う、もっと大事な話し合いだと思う。
意味のある合意が得られるといいけど・・・。
「熊の森」を遺そうとする「日本熊森協会 」の運動については、
以前当ブログで紹介 した。
いよいよ本格的な「攻勢」をかけている。
絶滅の恐れがある紀伊半島のツキノワグマの生息地を守ろうと、自然保護団体「日本熊森(くまもり)協会」(兵庫県西宮市、森山まり子会長)が、市民の寄付でまかなうナショナル・トラスト運動 で、三重県大台町にある約680ヘクタールの山林の買い取り に乗り出す。
皇居の約6倍という広さで、募金目標は9000万円。天然のうっそうとした広葉樹の森が、市民の手で守られることになる。
同協会が買収を目指すのは、三重県大台町の父ヶ谷(268ヘクタール)と池ノ谷(408ヘクタール)の山林で、清流として知られる宮川の上流域。古来、伊勢神宮に材木を供給する神聖な山林ともいわれてきた。
環境省などによると、ツキノワグマはかつて本州に広く生息したが、西日本ではスギ、ヒノキなど人工林が増えるに伴い激減。九州では絶滅、四国でも数十頭を残すのみになっている。餌となるドングリの実を付けるミズナラ、シイなどの広葉樹が減ったことが主な原因とみられている。
[2009.11.02付 読売新聞(Web版)/補足&強調Ekojin]
・・・9000万円か。小さな金額ではない。
これは応援するしかない。
私有財産権がどのくらい保障されているかで
その国の「リベラルな民主主義」の度合いが決まる。
政治学者のフランシス・フクヤマ氏も、
「多少デコボコはあるけど世界はリベラルな民主主義に向かっておりそれが終点である」
というような主旨のことを言っている。
つまり、買って自分のものにしてしまえば、開発計画も何もないのだ。
私有地に手を出す権利は国にもない。
当たり前のように見えて実はそうでもない。
だから、森を守りたければ買ってしまう 、という発想。
個人の力ではなかなかできることではない。
だけど、同じ志を持つ徒が集まれば、可能。
ナショナル・トラスト運動 。
今日は詳説は控えるが、こういう運動は実に素晴らしいと思う。
なにか力になりたいと思う。
1万年以上とも言われるキリマンジャロの氷河が消えている。
タンザニアにあるアフリカ最高峰キリマンジャロの氷河が、地球温暖化の影響で消えゆく運命にある と、米オハイオ州立大などの研究者が(2009年11月) 2日、発表した。
近く、米科学アカデミー紀要電子版に掲載される。
研究チームは、航空写真の分析や地上での計測の結果をもとに、1912年から2007年の間に氷河の面積が85%も縮小したと推定。このままだと、早ければ22年、遅くとも33年までに氷河は解けてなくなる と予測した。
[2009.11.03付 読売新聞(Web版)/補足&強調Ekojin]
キリマンジャロ・キボ山頂
["Kibo summit of Mt Kilimanjaro 001"/Author:Yosemite /cc-by-sa3.0 ]
氷河減少は気温の上昇というよりも降水量の減少 が主な理由らしい。
「我々の世代」でこの歴史ある峰の白い屋根が姿を消そうとしている。
世界の列強がアフリカに定規を引いて陣取り合戦を繰り広げた19世紀から20世紀。
この威風堂々たる峰の帰属もドイツだったりイギリスだったり。
キボの頂もその主人によって「ヴィルヘルムの頂」と呼ばれたり、
「ウフル(自由)の頂」などと呼ばれたり。
常に人間の利己主義に翻弄され続けてきた。
そして今再び。
やれやれ、といったところでしょうか・・・。
決して薄くなることのない「絶滅の書 」にまた新たなページが加えられた。
世界の科学者や政府機関などでつくる国際自然保護連合(IUCN、本部スイス)は(2009年11月) 3日、生息状況が分かっている約4万8千種の生物のうち、絶滅が危惧(きぐ)されるのは前年より363種増え 、約36%に当たる1万7291種に上ったとする2009年版の「レッドリスト」を発表した。既に絶滅、あるいは野生では絶滅したとされる種も6種増え875種となった。
[2009.11.03付 MSN産経ニュース/補足&強調Ekojin]
キハンシヒキガエル (Kihansi Spray Toad)
["Kihansi Spray Toad1"/Author:Ruby 1x2 /cc-by-sa3.0 ]
IUCNのレポート によれば、
データの集まっている生物種47,677種のうち実に17,291種が
絶滅の危機 に瀕している。
内訳 :
哺乳類の21%
両生類の30%
鳥類の12%
淡水魚の37%
植物の70%
無脊椎動物の35%
・・・来年2010年は、「国際生物多様性年 」(←翻訳なんとかなりませんか)。
この年を期限に「生物多様性の損失速度を大幅に減らす 」
という目標を掲げているわけだけれど、
関係者的にはもう諦めているらしい。 仕方ない。
来年は名古屋で生物多様性条約の締結国会議が開かれる。
温室効果ガス25%の大目標を掲げた鳩山さん、
この「生物多様性」の分野でも意欲的な目標を出してくれるだろうか。
期待するしかない。
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Kivaの融資を実行してみた。
今回初めてだったので、登録や決済の仕組みなどを興味深く見させてもらった。
日本語サイト の融資先紹介コーナーでは、
ボランティアさんたちの翻訳で次々と翻訳が上がっている。
翻訳がついていない紹介文はGoogle翻訳だ。(翻訳家:Google、となっているのが可笑しい)
この翻訳ボランティアもやりがいがありそうで面白い。いつか手を出してみたい。
融資先が決まったら決済へ。ここからは英語だ。
Lender(貸し手)登録は普通のSSL通信。
居住国「日本」を選択するとその画面は再び日本語で入力可。
決済はアメリカのオンライン決済では一般的なPayPal 。便利。
今回は、ボリビアで家業を営むグループに融資を実施。25米ドル。
ついでにKiva.orgに対する寄付も15%ほど(約4米ドル)しておいた。これは任意。
そうやって決済されると、オンライン株取引と同様、
自分の融資先の「ポートフォリオ」が参照できる。
それが上記の画面だ。 あくまで融資であり、寄付ではないので当然。
彼らの目標金額にはまだ達成していないようだけど、
彼らは融資されたお金を家賃や食費などの生活費にあて、
彼らの家業を行う。 家電販売や化粧品販売、食糧販売など、ということらしい。
「ベンチャーキャピタリスト」として、彼らの事業の成功を祈りたい。
そして、このKivaの仕組みに密かな感動を覚えている。
これはシンプルだが、とても良いサービスだ。
第2弾、第3弾も実施次第紹介していきます。
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マット&ジェシカ・フラネリー夫妻によるマイクロファイナンス機関「Kiva 」。
2005年設立。
インターネットを使った小額融資による資金調達が特徴的。
⇒Kiva Japan の公式サイト
⇒Wikipedia日本語版「Kiva 」
2009年11月1日、Kiva.orgの融資額が1億ドルを超えた 。
57万3000人の融資者が、24万人の小額資本の起業家たちに出資したことになる。
マイクロファイナンス機関としてはかなり成功したほうではないだろうか。
融資先は発展途上国が中心だが、2009年夏からはアメリカの起業家にも開放している。
融資を希望する人は、公式サイトで起業アイデアをみたり起業家のプロフィールを読み、
融資を決定する。「顔の見える」融資というわけだ。
あくまで融資なので、当然返済を期待できる。
返済の実現性や将来性を見るというわけで、
これはベンチャーキャピタルの仕組みと何ら変わらない。
異なるのは、原則的に個人が融資元であるという点と、融資額が小額である点だけだ。
スワヒリ語で「絆」や「合意」という意味を持つこのプロジェクト。
遅ればせながら早速参加する決意をしました。
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