さあ、腹をくくりました。
1月末が期限だったコペンハーゲン合意の別表各国記入欄:
政府は(2010年1月)26日、昨年12月に国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)で承認された「コペンハーゲン合意」に参加し、2020年までに温室効果ガスを25%削減(1990年比)するとの目標を条約事務局に提出した。
鳩山首相や外務、環境などによる関係閣僚委員会で決定した。これを受け、政府は3月までに「25%削減」の目標や対策を盛り込んだ地球温暖化対策基本法案(仮称)を国会に提出する見通し。
[2010.01.26付 読売新聞(Web版)/補足&強調Ekojin]
一応前提として、
「すべての主要国の参加」
「意欲的な目標で合意すること」
などの但し書きがついている。

[2010.01.22付 外務省サイト 「わかる!国際情勢」より/補足Ekojin]
これで「公約」は「条約」にまで高められた。
国内の政局とか関係ない。
仮に4年以内に行われる総選挙で与野党の再逆転、
なんてことがあっても、国の約束だから引き続き拘束力がある。
全国民にその覚悟ありや。
ともかく退路を絶った。但し書きはあるものの。
今後、日本に対して、他国はもとより自国民もNPOなどの各団体なども、
監視の眼を光らせることになる。
何よりも、歴史の審判が待っている。
弱腰外交と評された日本が転換できたのか、
今後間違いなく世界の産業と哲学の主要ドグマになるであろう、
「環境分野」で日本が世界を引っ張っていけるのか。
問われているのはそういうこと。
全国民にその覚悟ありや。
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返済が始まっているKiva融資をそのままRelend(再貸付)。
今回選んだのはタジキスタンの農家。

1000米ドルほどの融資を受けて、有機肥料を用意する。
3人の子供を養うため、このマイクロファイナンスの仕組みがぴったりだった。
タジキスタンは古くはアレクサンドロス大王の到達地点として、
シルクロードの通り道として、
多くの哲学者や科学者や詩人を生んだ土地として有名。
古代ペルシア時代にはソグディアナという呼び方もあり、文化を育んできた。
現代においても、イスラムとソヴィエトそれぞれの文化に、
西洋と伝統的な中央アジア文化が交じり合う混成地域だ。
同時に、貧困国のひとつでもある。
ソ連からの独立直後に始まった内戦のせいもあり、経済は荒廃。
加えて、国土の93%が山岳地帯ということで、耕せる土地が少ない。
ロシアに出稼ぎに出る労働者が増える中、
一部の農家は国内に留まり、一次産業を守り続けている。
・・・訪れたことのない土地。 言葉もわからない。
不勉強ながら文化も国民にも馴染みがない。
白地図で正確に場所を当てられるだろうか。不安。
なのに、このマイクロファイナンスの仕組みが役に立つとは素晴らしい。
改めてインターネットの力強さ、技術とアイデアの融合が見事。
今回Relendの為、キャッシュアウトはない。
メールでのステータス告知から、Relend完了までの遷移も実にスムーズでした。
さて。次はどこへ。
高級車の代名詞も時代の流れ:
イタリアの高級スポーツカーメーカー、フェラーリのモンテゼモロ会長は(2010年1月)29日までに、同社として初めてのハイブリッド車を3月のジュネーブ国際自動車ショーで発表することを明らかにした。イタリアの自動車専門ニュースサイトなどが伝えた。
[2010.01.30付 MSN産経ニュース/補足&強調Ekojin]

フェラーリ599
["Ferrari599 A6"/Author:Sovxx /cc-by-sa3.0]
ハイブリッド化されるのは、上写真の「フェラーリ599」。
同じ高級車のライバルのフォルクスワーゲンなどは早々にハイブリッド計画を発表している。
富裕層向けだからガソリンがぶがぶ飲むもんね!
というスタンスではちょっとばかり居心地が悪くなってきているのだろう。
消費者の嗜好も移ろうし。
一番気になるのは、、なんと言っても、
あのイカつく優美なエンジン音がどうなってしまうのか。
後ろからスッと気づかぬ間にフェラーリが近づいていておっと危ない気づかなかったヨ、
みたいなことになるのだろうか・・・。
なんかある意味フェラーリの末期、って感じがしなくもないw
意外なところでギネスが:
生活協同組合コープさっぽろ(札幌市)は、廃油を精製したバイオディーゼル燃料(BDF)を使う宅配トラックの所有数240台が“世界最多”として、英国のギネスブックに登録申請した。
コープは使用済みの天ぷら油などを北海道内の家庭から毎週約6千リットル回収。精製して軽油の代替燃料として再利用している。コープの調査では240台は国内最多。海外では廃油の再利用はまれで、世界最多の可能性も高いという。
だが、すでに豪州でBDF乗用車138台が約3キロをパレードした記録があることが判明。ギネスは前例やユーモアを重視するため、コープもすべてのトラックを一斉に走らせる計画を進めている。
コープの担当者は「実際に宅配に使われている車という点はインパクトが強いはず」と、記録塗り替えに向けて意気込んでいる。
[2010.01.24付 MSN産経ニュース/補足&強調Ekojin]
・・・ちなみにこの記事で一番驚いたのは、
ギネスは前例やユーモアを重視するため
えー、そなんだ。。。ユーモア。
あんまりそういう観点で見たことなかったな。
⇒ギネスの申請基準
これで見る限り、申請基準は満たしているっぽい。
(おお、日本人の公式認定員もいるのか)
結果が楽しみです!
まあ気持ちはわからんでもないけど・・・:
フランスのサルコジ大統領は(2010年1月)22日、エリゼ宮(大統領府)で外交演説を行い、今年末にメキシコで行われる国連気候変動枠組み条約第16回締約国会議(COP16)に向け、主要排出国28か国による閣僚級の定期会合開催を提案した。
大統領は、コペンハーゲンでの会議(COP15)が主要国の合意を承認するだけに終わったことを振り返り、192か国による交渉は「もはや不可能だ」と断じた。
[2010.01.23付 読売新聞(Web版)/補足&強調Ekojin]
・・・まあそうだよね。
COP15は結局先進国と途上国の自己主張のぶつけ合いだけが際立ち、
良い成果を得られたとは言い難かった。
コペンハーゲン合意は、日程の終盤に急ごしらえの28ヶ国がまとめた案に、
さらに妥協を加えてこぎつけたものだ。
議長がさじを投げるほどの各国の利害の衝突があった以上、
あれ以上のものはなかなか難しかった、というのが正直なところだろう。
で、そんな状況にサルコジさんが業を煮やした。
もう主要な国で決めてしまいましょう、っていうわけだ。
会社の経営も国の政治も、こういうやり方が功を奏することは多い。
全員の合議制ではなく、トップダウンで下を引っ張る、というやり方だ。
この場合問題は、どの国がトップでどの国がダウンか、ということ。
どの国だって、自国の主張はもちろん通したい。
温暖化問題が文字通り「国家の浮沈」を決めるような
ツバルやモルディブなどはなおさらそうだろう。
だから、少数の国で決めるにしても、
「主要な排出国」 ではなく、
「主要な被害国」 であるべきだとは思う。
なぜならそもそもこの条約の意義がそうだからだ。
主要国の利益確保のためではなく、被害国を救済することが目的のはず。
国際会議をリードすることはそれなりにノウハウが必要。
だから、現実的には難しいんだろうな、とは思うけど。。
エコとファッション:
国連貿易開発会議(UNCTAD)は(2010年1月)21日、自然素材を重視するなど環境に配慮する世界各国のデザイナーの作品を集めたファッションショーを国連欧州本部で開いた。ことしを「国際生物多様性年」と定めたことにちなみ、生物種の維持や、発展途上国の「持続性ある発展」の重要性をファッションで訴える狙い。
参加したのは欧米諸国やタイ、アフガニスタン、インドなど途上国を含む約50のファッションブランド。規模や知名度で大手に及ばないものが多いが、再生素材を多用し、染色に有害な化学物質を使わなかったり、乱獲防止策を取った上で動物の毛や皮を利用したりするなど、作品にはさまざまな工夫がある。
[2010.01.22付 日経エコロミー/補足&強調Ekojin]
昨今のエコブームは「エコ・ファッション」なんて、言われ方をすることがある。
本当の社会貢献というよりは、単に一過性のファッションだ、っていうわけだ。
それを逆手にとったかどうかは知らないが、このイベントこそ真に「エコ・ファッション」。
大量生産には乗らないし、商業的には疑問符が付くのは仕方がないとしても、
こういう皮肉の効いたイベントは結構好きだな。
ファッションで何が悪い、ってね。
UNCTADが主催している、ということも重要なポイント。
エコ・ファッションで貿易振興というわけです。
富士がハゲている:
コケ類以外は繁殖が困難とされる富士山頂(3776メートル)で永久凍土の減少が進み、約20年前には確認されなかったイネ科などの植物も生育していることが(2010年1月)22日までに、静岡大の増沢武弘教授(植物生態学)らの調査で分かった。
増沢教授は「富士山頂の気温が上昇していることと関係しているのではないか」としている。
増沢教授によると、調査は昨年8月下旬に実施。1998年に永久凍土が確認された山頂付近、標高3700メートル以上の約100地点で深さ30~70センチの穴を開け、温度センサーで計測。より深い場所の温度を推定するなどした結果、凍土が確認できない地点が複数あった。
[2010.01.22付 日経エコロミー/補足&強調Ekojin]
・・・富士山頂にイネ科の植物。
昔は2500メートル付近の植物が山頂に自生しているというから、
随分と「登攀」したものだ。
「富士額」を覆っていた永久凍土の一部は解け、地肌が見えている。
薄くなった頭部に、さっそく生えるイネたち。
なんか切ないよ。 中年の富士みたいで。
自然現象、いや生理現象か?
どちらにしても日本の象徴たる富士山は、
いつまでも若々しくフサフサであって欲しい、と思います。
DVDで「おいしいコーヒーの真実」を観た。
(⇒以前予告してます)
スタバやタリーズで飲む一杯のカフェラテ。
厳選された豆と絶妙なミルクのバランス、
アルバイトでも仕事に誇りを持っていることが伝わる
元気の良いバリスタたちの接客。
とても気持ちの良い時間。
だけど、当たり前だけど、
コーヒー豆を作る農家あってのことだ。 |
|
エチオピア南部の農協組合の代表タデッサ氏が、
貧困にあえぐコーヒー農家の声を代弁し先進国に訴える。
コーヒー豆の取引価格は下落しており、農家たちは最低限の生活もできない。
やむなく先進国では禁止されている麻薬「チャット」の栽培に転換する者も増える。
他の生産国のように農家に補助金を与えて産業を盛り上げる策など、
アフリカ、それも最貧国のエチオピアでは不可能だ。
貧困サイクルが止まらないグローバル資本主義の悪しき面が描かれる。
そして、重要なことに、それら格差を調整するべき
世界貿易機関(WTO)も、結局は先進国の企業保護の論理で決着する。
多くの代表者を送り込めないアフリカ諸国は、
あちこちで同時進行する分科会のほとんどの議論に参加すらできない。
・・・そんなこと知らなかったよ。。。そんなことになってるんだ。。
ウガンダ大統領が訴える。
援助ではなく公正な貿易の場が欲しい
・・・そうなのだ。彼らに必要なのは「自立の機会」だ。
援助を受けることは尊厳に関わる。
好きでホームレスの者はいない。
誰だって、自分の足で立ち、自分の頭で考え、生きたいと思う。
産業革命時に確定した先進国の「先行者メリット」は現在も有効。
勝者である西欧的な価値観で形作られた社会のなかで、
後発の社会は苦しむ。
フェアトレードという横文字には多くの重い問題が込められている。
公正な貿易。
少しこの分野について勉強してみよう。
まずは双方顔色伺い:
小沢鋭仁環境相ら環境省幹部と日本商工会議所首脳が(2010年1月)21日、東京都千代田区のグランドプリンスホテル赤坂で懇談会を開き、地球温暖化対策などの環境政策の基本方針をめぐって意見交換した。日商の岡村正会頭は「プラスの面とマイナスの面をはっきり認識した上で(政策を)進めるべきだ」と指摘し、国内のコンセンサスづくりを慎重に進めて国民や企業を巻き込むことを求めた。
政府は、政策の位置付けや方向性を明示する「地球温暖化対策の基本法案」を3月上旬をめどに通常国会に提出する予定で、それまでに「温室効果ガスを2020年までに1990年比で25%削減する」と政府が掲げる目標の達成に向けたロードマップ(行程表)をまとめる方針だ。
[2010.01.21付 MSN産経ニュース/補足&強調Ekojin]
・・・新政権の施政は何かと財界の利害と反発しているから、
お互いに思うところはたくさんありそう。
国民の意思としての政権交代がなり、
財界も旧来のやり方が通用しないことを悟っている。
もうひとつの財界勢力である日本経団連も、
伝統的な自民党べったり路線を転換している。
・・・導入が検討されている「排出量取引制度」は、
各企業のどのくらいの「キャップ」(上限排出量=排出枠)を設定するか、
再生可能エネルギーの買取制度のコストの負担の方法など。
財界のなかでも論議を呼びそうな各論はいくつかある。
2020年までに1990年比25%削減。
あと10年しかない。
トップのビジョン(ゴール)は示されたわけだから、
あとはストラテジー(戦略)に落とし込む段階だ。
経営陣と従業員が反目していると高い目標など達成できないのと同じように、
政治と財界も、この高いビジョンに向けた団結が求められている。
個人的には、商工会議所や経団連のような大企業中心の
業界団体と政治家がコミットする動きよりは、
至宝の技術力を持った中小企業や独創的なビジネスモデルを紡ぐベンチャーこそ
応援したい気持ちがある。
ただ、大企業を抑えないわけにはいかないしね。
聞き捨てならないニュースが・・・:
都市部の公園などに芝を植えるとかえって地球温暖化を加速する恐れのあることが、米カリフォルニア大アーバイン校の分析で分かった。施肥や手入れのため、芝が吸収する約4倍の温室効果ガスを排出してしまうという。調査対象は米国だが、日本でも進む都市の緑化政策に一石を投じそうだ。米地球物理学誌「ジオフィジカル・リサーチ・レターズ」電子版に掲載された。
研究チームは同校近郊にある4カ所の公園の芝や土壌を分析。二酸化炭素(CO2)吸収量と、草刈り機の燃料によるCO2、肥料使用に伴う一酸化二窒素(N2O)などの排出量を比較した。N2Oは、CO2の約310倍も温室効果が強い。ともに京都議定書で排出削減の対象ガス。
[2010.01.23付 毎日.jp/補足&強調Ekojin]
⇒当該の記事
・・・観賞用の芝は、CO2を吸収するより多くのN2Oを排出しているという。
芝の手入れに使う燃料のCO2換算も含めると、吸収する分の4倍に相当するらしい。
さらに、運動用の「天然芝」は頻繁に植え直すために
土壌に蓄えられるCO2が少ないので、観賞用の芝よりも条件が劣る。
なるほど。良い研究。
もしかしたら緑化が逆効果かも知れない、ということか。
昨日緑化しようみたいなエントリーを書いただけに、興味がある。
植樹もそうだけど、緑を増やせば何でも良いわけではやっぱりなさそうだ。
あるエコ的な活動をするときは、
「その活動をすることによる逆効果」のことを考える必要がある。
太陽光パネルを作るときの排出量、その場所の生態系、
運搬や廃棄のCO2コスト、、、
トータルに考えて最適解を見つける努力を惜しまずに。
ただし、それを無為の言い訳にもせず。
東京・渋谷にある「国連大学ライブラリー」。
その建物の屋上緑化に取り組む様子:
ナスやピーマンなどで屋上緑化。
コンパニオンプラントという相性のよい種も併せて植えることで
虫が付かず強く育つ。 収穫して、みんなで食べる。
図書館の屋上ということもあって、
それらグリーンを観ながら本を読めるようにベンチを設置する。
やっていることは地味で素朴な気もするけれど、大事なこと。
東京都では1000平方メートル以上の敷地の建物には屋上緑化を義務づけている。
他の自治体にも広がっている。
都心のビルのジャングルだって、
ジャングルとまでは言わないまでも元々グリーン。
ビルを建てる代わりに、
屋上にグリーンを植えることでちょっとだけオリジナルに近づける。
屋上だけじゃなくて壁面もグリーンにすれば、
理論的にはグリーンの表面積は増えることになる。
そうやって、
「コンクリートから人へ」ならぬ「コンクリートを緑へ」
が実現できれば、なかなかのものだと思いませんか。
大げさなニュース:
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2007年に出した第4次評価報告書で、ヒマラヤの氷河が「このまま地球温暖化が続くと、2035年までに消失する可能性が非常に高い」とした記述について科学的根拠がなかったと、英紙サンデー・タイムズが(2010年1月)17日付で報じた。
IPCC報告書は世界の一線の研究者約1千人が学術雑誌に掲載された論文やデータなどを元に作成しており、これだけで報告書の結論が揺らぐものではないが、地球温暖化懐疑派の攻撃材料がまた一つ増えることになる。
[2010.01.19付 asahi.com /補足&強調Ekojin]
・・・つまり、ヒマラヤの氷河が2035年までに消失するかどうかはわからない、
という結論に修正された、ということだね。
「New Scientist」に掲載されたインドの科学者のインタビュー記事が根拠だったらしいけど、
その科学者が「憶測だった」と認めたのだそうだ。
その記事が世界自然保護基金(WWF)の2005年の報告書に引用され、
IPCCの第4次報告書は、このWWFの報告書から「孫引き」する形になったらしい。
最初の記事が憶測だったので、孫引きのIPCCの結論も「憶測」だった、ということだ。
・・・これ自体は批判を受けても仕方がないことだと思う。
「裏を取る」という科学的論証の重要なプロセスに抜けがあったということなので。
ただ、ことさらに大きなニュースでもないと思う。
ずいぶん大きな取り扱われ方をしているようだけれど。
科学ってそういうものじゃない?って思う。
どんな科学の分野でも、研究者は仮説に基づき実証を重ね、
ある一般的な法則や結論を導く。そしてそれを発表する。
他の研究者たちは発表された内容に基づいて「追試」を行って、
その内容の再現性を測り、「結論」が真に科学的根拠のあるものかを検証する。
その過程で、最初の結論を導く過程にミスがあれば、
結論が「反証」されたことになる。
つまり、最初の研究者が間違っていた、ということになる。
そうやって科学的な「ファクト」は積み重なってきたし、これからもそうだ。
IPCCが出した結論のうち、
「ヒマラヤ氷河が2035年までに消失する」という推論の根拠は否定された。
少なくとも、科学的でないとされた。 何の問題があろう。
温暖化問題が否定されたわけでも、
例えば2040年までの消失の可能性が否定されたわけでもないし、
勘違いしやすそうなのだけど、実際には2035年までに消失する可能性だってあるのだ。
今回否定されたことは、
「2035年までに消失する結論の根拠」であって、
「2035年までに消失する可能性」 ではない。
別にIPCCの信者じゃないけどさ。
科学と非科学のアプローチの線引きくらいはつけたいな、って思うわけです。
パプアニューギニアのカーテレット諸島。
この美しいサンゴ礁の島々が、いま危機に瀕している。
「ハン島」が沈みゆく現状の動画:
海水の侵食によって農業が壊滅的な打撃を受け、
かろうじて漁業で食いつないでいる状態。
当然の帰結として、深刻な貧困と飢餓に悩まされている。
海水の沼地ができてしまったことで蚊が大量に発生し、マラリアが猛威をふるっている。
学校はあるが、飢えた子どもたちにとっては教育を受けるどころではない。
本島であるブーゲンビル島への移住に200万ドルが必要と訴えている。
我々に何ができるだろうか。
もちろん海水侵食や貧困はカーテレットだけの問題ではなく、
移住が問題の根本的な解決でもない。
貧困からの脱却のためは持続的な自前の産業を育てることが大事であり、
支援頼みで食いつなぐ状況のままでは良くない。
ブーゲンビル島は、かつて日本が占領し、ガダルカナル決戦の根拠地として使われた。
そもそもフランスのブーガンビルという探検家がこの地を「発見」し、島の名前になった。
以後、ドイツ、オーストラリア、アメリカ、そして日本がこの地を占領した。
現在はパプアニューギニア領だが、このブーゲンビルには自治政府がある。
分離独立運動の機運が高まっているが、無理からぬことと思う。
政争、自治権、民族自決。。どれも大事だけれど、
「今そこにある危機」はとりあえず解決しなければ。
なんという素晴らしい・・・。感動しました。
プラスチックごみで石油を作る。
非常にシンプルだが強烈な説得力がある。
「飛行機に乗る油化技術はこれだけ」
と言っているとおり、このブレスト社の技術は
先鋭的でユニークだ。 日本の環境技術の至宝と言えるかもしれない。
そして世界の子どもたちにそれを教える。
プラスチックがゴミじゃない。石油なんだ、資源なんだと。
もちろんトータルのCO2の削減につながる。
中東の油田で取れた原油をタンカーで運び、工場で精製してガソリンスタンドで売る。
このプロセスにおける無駄が相当カットされる。
当然、装置を動かす電気の調達の問題はあるだろう。
でもそれも省エネ技術の範疇だ。 つまり技術力が効率化を促進する。
こういうことを知ると嬉しくなる。
犠牲者20万人に達するかも知れない???
なんとも痛ましい・・・。
ヒロシマとナガサキの両被爆を合わせた被害者数がちょうどそのくらい。
こんな犠牲者数を出す地震は近年ではなかったのではないか。
1994年のスマトラ沖地震は地震というより津波の被害者が甚大だったが・・・。
20万人といえば、ハイチの人口約1000万人の2%だ。
つまり50人にひとり。
ただでさえ政情不安の国を大地震が襲うこの不条理。
いや、耐免震の技術レベル、貧困問題、格差、教育、、、そういったことが
多くの犠牲者を生み出す原因となっていることは疑いない。
こういうときこそ、COP15で見せた国家のエゴを捨て去るときだ。
国際社会が団結し、矛を収め、窮状を救おうではないか。
自分は、今はとりあえずお金を送ることしかできなかった。
役に立つと良いが。偽善と呼びたい人には呼ばせておく。
「国境なき医師団」のキャッチコピーが響く。
“国の境目が生死の境目であってはならない。“
「アバター」を観た。
2009年12月に全世界で公開開始して、
たった20日間で世界興収歴代ランキング2位。
1位の「タイタニック」を抜きそうで、両映画ともジェームズ・キャメロン監督。

映画ブログのほうでは「映画作品」としての感想を書いておいたけど、
ここでは別視点で。
・・・この映画はただひたすらにキャメロン肝いりの映像美と、
映画史に刻まれる圧倒的な特撮を楽しむ映画(WETAとILMが組んだ!)なので、
ストーリーは実にシンプル。「宇宙版ポカホンタス」、以上。(あらまあ)
ナヴィたちの「神なる大木」の下に眠る貴重な鉱物資源を略取しようと、
人間が愚を冒す。 ナヴィたちを「木の上で眠る未開人」と決めつけ、
「木なんていっぱいある。引っ越せばよい」と嘯く。
近代兵器の刃が自然との調和を切り裂き、神聖な森を汚す。
ナヴィたちのアニミズムにおいて尊崇の対象は「エイワ」という神性。
大自然そのもの。衛星パンドラの植物の、互いに連携した根は、
人間の脳を凌駕する(と本作では暗示的に述べられてる)神経結節点を持ち、
寡黙に、しかしときに苛烈に「調和」を維持しようとする。
・・・CNNによれば、デジタル3Dの見事な映像に虜になり、現実世界を厭う人が続出とか。
まあそれは言い過ぎとしても、あの架空の自然の美しさには本当に息を呑む。
架空だって?
人間って愚かだね。
だって、自分たちのそばにあるそれら「美しい自然」は壊しておいて、
作り物の映像で見て感心し、息を呑んでいる。
自然を壊す人間たちと、自然を愛する原住民の戦いを題材に、
「自然を壊してはダメ」だというメッセージを投げかける。
自然との調和を重んじるほうが善で、
利己的に自然を破壊するほうが悪として描かれ、観客は喝采する。
完全に自虐だ。
擬人化された自然たるナヴィたちは「故郷を守るために戦おう」と叫ぶ。
しかし、我が地球の動物たちはどうだ。
調和の取れた住処を荒らされるビーバーやクマやモグラの声なき叫びは
耳に入らないのだろうか。
ナヴィたちの戦いは正当化された権利として描かれるが、
毛皮のため、ダム建設のため社会を奪われる動植物たちや昆虫たちの権利はどうだろう。
そんな権利などない? ならナヴィにもないはずだ。
商業的なドラマツルギーによって単純化された大作映画に、
それら野暮を言い立てても仕方ないけれど、
要するに人間は大いなる自己矛盾を抱えている。
3Dの仮想世界などではなく、この現実でそのことに気づくことが必要だと。
改めて強く思う。
またアンチ鳩山さんが大騒ぎしそう:
鳩山由紀夫首相は(2010年1月)14日、首相官邸で開かれた温室効果ガスの25%削減に向けたイベントであいさつし、「地球から見れば、人間がいなくなるのが一番優しい自然に戻るんだという思いも分かる」と述べ、独特の世界観を披露した。
首相は「いま1日100種類の命が失われている」と指摘し、生物多様性の重要性を強調。その上で「人間が存在しているからこそ、このような地球になっていることを謙虚に認めなければならない」「地球を襲っている人間という生物が犯している大きな誤りの1つが、地球の温暖化現象だ」と語った。
[2010.01.14付 MSN産経ニュース/補足&強調Ekojin]
・・・実際はこのあとに、「その結論(人間がいなくなること)はとりたくない」
との言葉があったみたいです。
以前に読んだ本もまさに「人類がいなくなる」ことがテーマだった。
人類は地球にとって害悪でしかないのか。「生まれてきてすみません」か。
もちろん、鳩山さんの言葉は生物多様性の重要性を訴える文脈だから、
大げさな喩えではないはずだし言ってることも正しいと思うのだけど、
余計な論議にならなきゃいいが・・・。
むしろ大事なことは後半だ。
「人間が存在しているからこそ、このような地球になっていることを謙虚に認めなければならない」
・・・そうなのだ。
まずこの謙虚な気持ちと現状認識を持つことが大事だ。
いくら見たくないからって事実は事実だし、
それが僅かな部分では自分のせいかもしれない、という気持ちだ。
なんだろ、「悪い現状を認めたくない人」「他責にしようとする人」って結構多い。
それが何かの負担を強いる結論であればあるほど。
そして、こういう議論になると:
「エコだなんだというならあなたが地球からいなくなればいい。
それがなによりのエコだ」
という子供みたいなことを言う人がいて困る(たまにだけどね)。
何の生産性もない意見。
経済効率の問題ではなく道徳心の問題なのに。
打算ですべてが説明できるはずもないのに。
1日100種類か・・・。 重い数字だな。
応援しないわけにはいかない。
愛知で2010年10月に開催される「生物多様性条約第10回締約国会議」(COP10)。

公式ロゴ:

公式スローガン:
(英語) Life in harmony, into the future
(日本語) いのちの共生を、未来へ
[環境省 2009.10.13発表資料より]
↑の折り紙のロゴ、大好き。お気に入り。
想定される主な議題は以下のとおり:
・2010年目標の達成状況の検証及び新たな目標の策定
・遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS)に関する国際的な枠組みの策定 など
二つ目の議題は、
「遺伝資源」、すなわち一度失われると二度と復元できない
貴重な各生物の遺伝子情報へのアクセスの国際ルールを決める。
各国で遺伝子工学や進化生物学の研究が進んでいるが、
無秩序に遺伝子をこねくりまわして結果として
生物多様性を損なうことがあってはならない。
今後のバイオ世界で重要な枠組みを決める会議になりそう。
当ブログも応援しております。
進化論の正当性についての論争は、
なかなか日本人にはイメージしづらいところがある。
生物が原始的な生物から徐々に変化を重ね、
いまの生物種のすべてはそのプロセスの途上にある、という理論だ。
理論ではなくもはや事実である、
というのがドーキンスの立場であり、Ekojinも受け売りでその立場。
ただし、科学的な仮説は常に反証を受け入れる用意がある。
ドーキンス自身も以下のように述べている:
いつか、誰かがカンブリア紀の地層で哺乳類を掘り出すかもしれないが、その瞬間に、進化論はたちまち粉砕されてしまうだろう。言い換えれば、進化は反証可能な、それゆえに、科学的な理論なのである。
[リチャード・ドーキンス著「進化の存在証明」/早川書房/2009 /強調Ekojin]
(下)進化論を主張したダーウィンを猿の体で皮肉った風刺画

そんな理論が、多くの学問分野で実にゆるぎない証拠を積み重ねている。
聖書の記述に基づく創造論では、単に「聖書にそう書いてあるから」という理由だけで、
それらの証拠能力を否定している。
ちょっと受け入れるのに苦労する理屈だ。
だって、聖書にそう書いてあるとどうして事実なのか、
という疑問がさっぱりわからんのです。
信仰心がないからわからないのか?その通りだろう。
「神が生物種をすべて創った」など、
信仰を持つ人だけが信じられる理論だろう。
日本人が進化を受け入れる割合がかなり高いのも、
そのことと無関係ではないはずだ。
最近は「神」を「高度な知性」と言い換える「インテリジェント・デザイン」
という説もあるようだけど同じことだ。
アメリカのケンタッキー州に驚くべき博物館があるらしい。
その名も「Creation Museum (創造論博物館)」。
そこでは恐竜と人類が同時代に存在したという前提で展示が成されている。
そりゃそうだ。なにせ「世界は6000年前に生まれた」のだから。
恐竜と人類もすべては同時に誕生したのだ。
⇒「地球の歴史が一万年以上もないと見られる証拠」
(あまりにも馬鹿馬鹿しくて反論する気が・・・)
無神論者たちが博物館を訪問:
・・・うーん。
例えば南京事件で殺された人数について日中で論争がある。
地球温暖化は嘘じゃないか、っていう論争もある。
邪馬台国は畿内なのか九州なのか、っていう論争もある。
それらもそれぞれ「仮説」。
では進化論と創造論もそれぞれ同等に扱われるべき「仮説」なのか?
違うと思うなあ。
だって、「月面にあまりチリが積もってないから月は4000年前にできたのだ」
っていう主張だよ??
荒唐無稽すぎて話にならん、って感じ。
歴史を否定したいのなら、「信仰者のコミュニティ」の世界から飛び出さずに
やっていればよいのに、
そういう科学的手法で説明しようとしないほうがよい、と思うわけです。
エコキャップ運動。
だいぶ懐疑的な空気が広がってきている気がする。
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コンビニのゴミ箱にはこんな「キャップ分別口」が登場している。

ためしにGoogleで「エコキャップ」とだけ入力して検索してみる。
⇒検索結果
まあ評判の悪いこと。
・運搬によってかえってCO2が排出される。
・送料が高すぎて割りに合わない。送料分を直接寄付したほうがマシ。
・運営経費が不透明。懐に入れているのではないか。
・要するに、エコでもないし社会貢献でもない。
などがポイントだろうか。
Ekojinは、エコに効率を求めすぎることには反対の立場。
もちろん、効率が悪いよりは良いほうが良いに決まっている。
だけど、効率が悪いかもしれない、あるいは不明確かもしれない、
という理由で何もしないことには与しない。
分野にもよるけれど、科学的証拠による完璧な証明がなければ動かない、
という立場はとらない。
ある行動が結果としてエコではなかったことが判明したとしても、
大事なことは「何かをしようという意識」だと思う。
だから、エコキャップ運動についても、
個人的にはだいぶ懐疑的にはなってきており、
積極的に推進することは止めようと思っているけれど、
やってる人を批判するつもりはない。
だけど、真実は見極めたいとは思ってる。なので情報が欲しい。
反対派の情報はだいぶ集まっているので賛成派のほうを。
運営主体のサイトのFAQに、そのあたりの反論がないのは大いに不満だ。
これだけ懐疑派の意見が出回っているのだから、
それらに応えるべきではないか。
いままでやっていなかったことが不思議:
米国で、偵察衛星の画像を気候変動の研究に活用する計画が進んでいる。
米ニューヨーク・タイムズ紙が報じた。科学研究専用の機器だけではとても集められない、きめ細かいデータを使えるようになり、温暖化現象の解明に向けて有力な道具となりそうだ。
同紙によると、米中央情報局(CIA)と米科学アカデミー(NAS)が共同で準備に当たっており、2009年には、偵察衛星がとらえた北極海の海氷データの分析も始まっている。
[2010.01.09付 読売新聞(Web版)/補足&強調Ekojin]

アメリカの偵察衛星「KH-4B」
[PD/Wikimedia Commons]
・・・本来軍事目的の偵察衛星(スパイ衛星)を利用して、
気候変動の実態調査・解明に活用する。
何せ軍事目的なので、抜群に高性能。
科学よりも軍事に予算が回しやすいのは戦争国家アメリカのお国柄。
北極海の氷が解けると、そこに眠っている海底資源の採掘が容易になる。
国際的な争奪戦が始まるかもしれない、とされており、氷の状態調査は役立つ。
「軍事機器」の活用にはそんな裏もありそうだ。
そう聞くとあまり気持ちの良い話ではないけれど、
ともかく国家が持つリソースを最大限活用するのは国として当然のこと。
それにインターネットだってGPSだってデジカメに欠かせないCCD(撮像素子)だって、
元々は軍事技術目的で開発されたもの(とされている)。
北極南極はもとより、月の資源の問題や宇宙開発の覇権も、
近年中には必ず政治問題化するに違いない。
人間のあくなき勢力拡大の本能には恐れ入るしかないけれど、
その問題と、現状認識のためのツールの利用とは分けて考えるべきかな。
スパイ衛星だろうが、より高度な情報が得られるならそっちを利用するほうが良い。
ある意味「リユース」と言えるかも。
当ブログでも何度か採り上げているけれど、
「シー・シェパード」の無法ぶりには本当にあきれ返る。
シーシェパードの「アディ・ギル」号が日本の捕鯨船に衝突し、大破した映像:
シー・シェパードは第2昭南丸(捕鯨船)の船長と乗組員を、
海賊行為の疑いとしてオランダ司法当局に訴えたそうだ。
・・・海賊??
捕鯨の善し悪し以前の問題。
オーストラリア政府もいまいち態度を決めかねているようだし、
それなりにシー・シェパードに反対する世論も醸成されてきているようで
少しは安心したけれど、
「正しい主張を通すためには手段を厭わない」
というのはテロリストの論理そのものだ。
Ekojin的には、捕鯨の必要性はあまり感じていないし、
何より「調査捕鯨」という名目で食用のクジラを捕っている現状はよくないと思う。
少なくとも国際世論に誤解される主因はそこにあると見ている。
国際法秩序の抜け道を探してでも守らなければいけない食文化だとは思えない。
さらに、小型のクジラであるイルカを捕って、
それを鯨肉として売っている(少なくともそう見られている)ことも、
余計な誤解に拍車をかけていると思う。
従って、個人的には、現時点では捕鯨に反対。
「食用のクジラを捕ること」が国際法的にどうしても認められないのであれば、
それは日本の我を通してはいけないと思う。
勿論、日本の捕鯨当局がさまざまな科学的データを使って、
一定数の捕鯨の正当性を訴えていることは知っているけれど、
それでも各国を説得できないなら諦めるしかない。
国際法秩序というのはそういうことではないのか。
だけど、そのことと、
環境に名を借りたテロ行為の正邪は全く別次元の問題だ。
シー・シェパード支持者は、環境を汚しかねない衝突行為や
薬品攻撃についての矛盾は感じないのだろうか。
コンビニにもカーシェアが広がってきた。
大手コンビニエンスストアのサークルKサンクスは(2010年1月)9日、1台の乗用車を複数の客が共同で利用する「カーシェアリング」のサービスに、コンビニ業界で初めて本格参入する方針を明らかにした。
1月下旬に東京都内4店舗で導入した後、年内に首都圏の約200店舗に広げる。コンビニ業界ではローソンやミニストップ、スリーエフも試験的に首都圏の数店舗で始め、ファミリーマートも近く試験導入する予定だ。店舗数の多いコンビニでのサービスが増えれば、「コンビニで車を借りる」という生活スタイルが一気に広がる可能性がある。
[2010.01.09付 読売新聞(Web版)/補足&強調Ekojin]
コンビニ業界で全く初めて、というわけでもなく、
既にスリーエフとミニストップは2009年9月から(ローソンも12月から)
「i-share」というサービス名で東京・神奈川の6店舗でサービスを展開中。
⇒スリーエフとミニストップのプレスリリース (2009.09.15付)
⇒i-share
サークルKサンクスは実験段階を経て、一気に首都圏200店舗に広げるというもの。
動きが、加速されるか。
・・・このカーシェアリング。
コンセプトはとても良いし、コンビニ本格参入で今後盛り上がりそうな
気配もあるとは思うのだけど、
「所有からシェア」という大きな流れを作るには課題もありそう。
例えば:
1点目。「突発的ニーズの集中」を満たせるのか。
買わないで借りる以上、「必要なときに借りる」ということだろうけど、
問題はその「必要なとき」がみんな同じじゃないか、ってこと。
雨の日の保育園の送り迎え、駅まで出勤、三連休の家族遠出、、、。
みんな同じタイミングにニーズが発生する。
初めのころは予約状況を確認して予約したりするだろうけれど、
結局「面倒なサービス」「不便なサービス」という印象になってしまい、
一部のコアユーザーのみが使う、という状況にならないか。
2点目。「運転するのか」。
そもそもサービスのコンセプト自体、「普段クルマを運転しないこと」が前提。
意外とクルマの運転って普段からしていないと億劫だったりする。
慣れていないとそれなりに緊張するものだし。
(というか緊張しなきゃダメかw)
完全にそもそも論になっちゃうかもだけど、そのハードルは結構高いのでは。
ペーパードライバーが急にハンドルを握るだろうか。
3点目。「車種のクセ」。
最近のクルマはいろいろ難しかったりする。。
ガソリンスタンド店員や車検の作業員など、
日常的にいろいろな車種に乗っている人ならともかく、普通はそんなたくさん乗ってない。
自分で買う場合は
「自分に合ったクルマを気に入るか、気に入ったクルマに自分を合わせるか」
ということができるけど、カーシェアではそれができない。
クルマが好きな人はそもそも買ってしまう圧力が強いわけで、
そういう人たちはゴソっとユーザー層から抜けてしまう可能性が高そう。
・・・などかな。。
「コンセプトは良かったのに・・・」みたいなことにならないように
盛り上がって欲しい、と思います。
アフリカを横断する「万里の長城」が計画されている。
西のセネガルから東のジブチまで。
7000kmにも及ぶ距離を結ぶ大植林事業だ。
中国の「元祖」万里の長城は最近修正されて8851km(以前まで6352km)というから、
元祖に匹敵する長さの「長城」が築かれることになる。
もちろん、「蛮族」の侵入を防ぐ壁が築かれるわけではないが、
同じくらいタチの悪い「外敵」(すなわち「砂」)の侵入を防ぐ防護林だ。
以前内モンゴルに植林に行った際に目にしたものの巨大なものだろう。
その基本コンセプトも、内モンゴル同様、「砂の移動を防ぐ」というもの。
この壮大な事業はセネガル大統領のアブドゥライ・ワッド氏が
プロジェクトリーダーを務めており、COP15でも報告された。
既に、周辺国の賛同は取り付けている。
貧困国にも分類される国々が、長城建設の費用負担を誓約しているのだ。
セネガルでは、1年のうち3ヶ月間集中して雨が降る時期がある。
その雨量があれば残り9ヶ月間は雨なしでも過ごせるのだが、
砂漠に覆われた無情な国土では、その雨は海に流れていってしまう。
森林はそういう水を蓄える機能がある。(林に沿って貯水池も作るらしいけど)
もちろん、生き物たちの住居であり憩いの場にもなる。
言うまでもなく、サハラの砂漠化は年を追うごとに一層深刻さを増している。
「緑の長城」の設営は、天然の風除け、天然のダム、
そして豊かな自然環境と土壌を取り戻そうとする動きだ。
当然、課題は多いし実現にはまだまだ困難な壁が待っている。
資金供与を誓約した国々は、セネガルほどにはまだ積極的ではない。
予定全長7000キロのうち、現在までに植林が済んでいるのは525キロであり、
それもすべてセネガル国内だ。
そして、これまた内モンゴル同様に、
土着種を注意深く選定する必要がある。
過酷な砂漠の環境で「壁」を構成できる力強さを備えるためには、
その土地に適した種を選ぶ必要がある。
植林は世界多くの場所で実施されている。
効果も着実にあるのだろうけど、失敗も多いと聞く。なかなか難しいのだ。
この緑の長城事業にも一部からは懐疑的な声が上がっている。
だけどね。こういう「本気」はエコを推進する大きなパワーになるよね。
続報・追報に期待!
2010年10月に名古屋で開催される生物多様性条約締約国会議(COP10)に向け、
日本が提案を出した。
政府は(2010年1月)7日、10月に名古屋市で開かれる生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)に向け、2010年以降の生物多様性保全の新たな国際目標に関する日本の提案を決め、条約事務局に提出したと発表した。日本はCOP10の議長国を務める。
[2008.10.24付 共同通信/強調Ekojin]
⇒外務省の発表資料
[2050年までの中長期目標]
人と自然の共生を世界中で広く実現させ、生物多様性の状態を現状以上に豊かなものとするとともに、人類が享受する生態系サービスの恩恵を持続的に拡大させていく。
[2020年までの短期目標]
生物多様性の損失を止めるために、2020 年までに、
- 生物多様性の状態を科学的知見に基づき地球規模で分析・把握する。生態系サービスの恩恵に対する理解を社会に浸透させる。
- 生物多様性の保全に向けた活動の拡大を図る。将来世代にわたる持続可能な利用の具体策を広く普及させる。人間活動の生物多様性への悪影響を減少させる手法を構築する。
- 生物多様性の主流化、多様な主体の参画を図り、各主体により新たな活動が実践される。
条約事務局が各国からの提案をベースに2月中旬までに事務局案を作成。
それを各国に提示するそうだ。
日本提案では、それら目標達成のための
「9つの個別目標」、「34の目標達成手法」も同時に提案している。
つまり、議長国として、
「中期ビジョン」「短期目標」「重点実施項目」「達成プロセス」をそれぞれ示した。
精読はこれからするけど、ざっと見た限り割とイメージがわきやすい内容。
・「生態系を守ることが大事だ」という共通認識をどう浸透させるか。
・生物学、遺伝学などの科学的知見をどう組み込むか。
という視点が薄いのかな、、、という印象だけど、そうでもないのかな?
動き、ウォッチします。
インドの「産業大動脈構想」に日本が大きく関わっている。
・首都ニューデリー
・商都ムンバイ
この2つの大都市を結ぶ全長約1500km弱の地域(6つの州)に、
ちょうど日本の高度成長を支えた「太平洋ベルト」のような「大動脈」を通そう、
という計画。
このうち約918kmに相当する主要部分に貨物専用鉄道を整備する大事業に、
日本の円借款(約4500億円)が供与される。
2008年10月に日本政府とインド政府が覚書を締結している。
そして、この大動脈の対象地域に、
再生可能エネルギー分野での日本の先端技術を生かした
環境配慮型の「産業モデル地域」を設定する予定。
日本の強みを生かし、ターゲットもマーケットもビジョンも明確な良い事業。
民間分野での対中対印の市場開拓、市場深耕の動きが激しい。
いろいろな人の話を聞いたり読んだりしていると、
文化の違いや商習慣の違い、それに政治的な軋轢もあったりするものの、
基本的には「伸び盛りの市場で伸び伸びと、」
ビジネスが盛り上がってる様子。
景気が悪いときには内需が大事なのだけど、
こういうニュースはやっぱりわくわくする。
得意分野を伸ばす、というのはやっぱり良い。
技術の適性配分で富の適正配分を。
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「進化の存在証明」(リチャード・ドーキンス著)を読んだ。
あまりにも有名な「利己的な遺伝子」をはじめ、
数多くの著作でダーウィン的進化論に基づく
生物進化を説いてきたドーキンス。
前作「神は妄想である」は、
対立する創造論者たちのあまりの非論理性に
業を煮やしたのか、現在の生物種の起源に留まらず、
「創造主としての神」そのものを完全に否定する、という
(一神教信者が多数の西欧世界における)「タブー」に
切り込んだ。
|
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Ekojinは、「利己的な遺伝子」を読んでからというもの、
彼の明晰かつ博覧強記な論理展開には惚れ惚れしている者であり、
いわばドーキンス「信者」。
そして勿論、主に彼の著作に拠ることは白状せざるを得ないけど、
完全な進化論者。
創造論者はおかしいね。
だってさ、「今いるあらゆる生物は全知全能たる神が創りたもうた。以上」
とだけ主張するならともかく、
「進化論はエネルギー保存則と矛盾している」 とか
「化石にミッシングリンクがないのはおかしい」 とか
「デザイナーがいないのにこんな複雑な生物が存在するわけがない」 とか、
要するに科学的な「論証」という手法を使って進化論を否定しようとしているわけだ。
だけど、今生き残っているすべての生物が、
太古に存在した生物を基点としており、
世代を重ねながら突然変異による生存可能性を結果的に高めていく、
というシンプルだが非常に合理的な(あるいは非常に経済的な)
プロセスを踏むことで様々な種の発生を経たこと、
すなわち生物が「進化」してきたこと。。
これは、化学的にも考古学的にも物理学的にも地質学的にも、
これ以上何を求めるのだ、
といわんばかりの「証拠」にあふれた「事実」であるのに、
創造論者たちはそれらの証拠には眼をつぶる。
なのに、自らが主張する根拠のほうには、
それらの各学問分野の手法を使おうとする。
そんなの、明らかに矛盾している。
科学的アプローチとは、科学的論証の論理性を認めることなのに。
いやむしろ、そのことに気づかない人が多数いる、
という事実のほうにびっくり。
ともかく、ドーキンスの著作はいつもそうだけど、
生物というこの(シロウトにとっては)摩訶不思議な存在が
本当に身近に、「親戚のように」感じられる。
(ドーキンスは芋虫だろうがウニだろうが黒カビだろうが、
文字通りの我々の「親戚」だ、と論証しているわけなのだけど)
ヒトがサルのような風貌の祖先から進化したことを認めたところで、
人が築き上げた思想や文化の尊さはいささかも失われない。
むしろ、現在もなお進化の途上にある一生物の一員としての謙虚さ、
という新たな自己認識がある。
「ヒト」は特別ではない。
だけど、「人」はやっぱり特別だ。
だって、
過去を知ることで未来を思える。他者を慮れる。利他的な道徳がある。
他の生物を尊べる。地球を愛せる。環境問題に取り組める。
そんな種の一員であることを誇りに思う。
注目されている技術のひとつに、「光触媒」がある。
光触媒とは光を当てることで何かの化学反応を促進させることで、光合成もそのひとつ。
この原理を活用した新しい技術の開発が進められている。
酸化チタン(TiO2)が持つ強い光触媒活性の性質を利用した技術のひとつ:
・・・この酸化チタンの光触媒にはまだまだ未解明な部分も多く、
ようやくいくつかの製品化が実現している段階。
光触媒と言っても可視光(人間が色として認識する光)ではなく、
紫外線を使う必要があるので、太陽光での利用が中心。
⇒光触媒工業会のサイト
例えば既に多くの試作車が公開されている「水素自動車」。
使用時には温室効果ガスの発生がなく、クリーンなクルマなのだけれど、
燃料である水素は空気中に浮遊しているわけではないので生産する必要がある。
生産には石油や天然ガスを使う。その際に結局CO2を排出する。
・・・というような問題に対する答えになるかもしれないが、この光触媒。
なにせ、水素を作る原料が「太陽・水・CO2」で良いのだ。
ほぼ枯渇しないと言える。
このイノベーションも注目の分野。
期待大。
昨日の続き:
人工光合成の新技術には、「製鉄の水素還元」というものもある。
鉄のもとになる鉄鉱石には酸化鉄、すなわち酸素と鉄が結びついた状態。
ここから酸素を除去することが製鉄の根幹であり、
高さ100メートルを超すこともある「高炉」で行っている製鉄プロセスだ。
(下)高炉(blast furnace)の説明動画:
コークス(石炭を蒸し焼きにして硫黄分を取り除いた素材)が
ここでは重要な役割を担う。
酸化鉄と高温のコークス(石炭)を混ぜることによって、酸素と鉄が分離する。
これが「還元反応」だ。
酸化鉄を石炭を使って酸素と鉄に分離する。
そのときに発生するのが大量の二酸化炭素(CO2)。
製鉄は300年以上もこのやり方でやってきた(基本的には)。
この石炭の役割を水素に置き換えることによって、
理論上は製造時にCO2を排出しない製鉄技術が生まれることになる。
民間の製鉄各社を始め、
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)も研究を進めている。
まさにイノベーション。
「2020年までの25%削減(あるいは50年までの半減)」
という高い目標が画期的な技術革新を「還元」した、と言っていいのではないか。
こういう産業が元気になれば、日本のものづくりも盛り上がる。
楽しみだ。
「人工光合成」が盛り上がっているらしい。
CO2からメタノールを合成する実証実験の話を日経で読んだ。
工場等の排ガスに含まれるCO2を濃縮して水素を混ぜ、
触媒と反応させてプラスチック原料のメタノールを得る技術。
三井化学が2009年2月から大阪で実証実験を始めているのだとう。
プラスチックは石油を原料として作ることが普通。
それがCO2を原料にできるかもしれない。
すごい。一石二鳥だ。
(下)こちらはシャープの新技術:
・・・ただちょっとフシギだったのは、これも「光合成」なんだ、ってこと。
植物がやっていることとは随分違う気もするけれど、
確かに太陽エネルギーの変換、という点では同じだね。
その定義に従えば、太陽光パネルも「光合成」になるのかな。
人工光合成。
未来の技術だと思われている分野だったはずだけど、
2010年ともなるとその「未来」の技術のいくつかが現実味を帯びている。
イノベーションの渦中、というのはわくわくするね。