人類が消えた世界

人類が消えた世界
(アラン・ワイズマン)を読んだ。

いますべての人類が地球上から消えたらどうなるか
というシミュレーションを柱としたハードSF。

どれくらいの歳月をかければ、自然は失地を回復できるだろうか? エデンの園を復活させ、アダム、あるいは人類の祖先ホモ・ハビリスが現れる前日の輝きとにおいを取り戻せるだろうか? 自然は、私たちが残した痕跡を跡形もなく消してしまえるだろうか? いかにして、壮大な都市や公共施設を消し去り、無数のプラスチック製品や有害な化学合成品を無害な基本元素に還元するのだろうか? それとも、分解できないほど自然に反したものがあるだろうか?
[アラン・ワイズマン著「人類が消えた世界」/早川書房/2008]

口絵には、人類が消えた数日後には既にニューヨークの地下鉄が水没する様子、
500年後には、都市が森に覆われ野生動物が帰ってくる様子などが描かれている。
30億年後には、環境変化に対応した新たな生命体の誕生、
そして50億年後には、(これは人類の消滅とは関係ないことだが)
膨張した太陽に地球が飲み込まれて地球が蒸発する。

この壮大な思考実験は、当然のことながら、ある強烈な問いかけを投げかけている。
つまり、「人類は地球にとって害悪でしかないのではないか」という問いだ。

この高度に脳を発達させた哺乳類が、母である地球に対して行ってきたふるまいは、
決して褒められたものではないだろう。

1907年にレオ・ベークランドが成功した完全人工合成樹脂「ベークライト」の合成は、
その後人類が消滅しようがしまいが関係なく、
プラスチックというこの厄介な物質とすべての生物種が、
今後何千年何万年と付き合わなくてはならないことの始まりでもあった。
プラスチックは、現実的な時間枠のなかでは生分解されず
「細かく砕かれる」だけ。
どんどん小さくなって、動物プランクトンですらプラスチックを口にすることになる。
食物連鎖に完全に組み込まれていく。 それでも分解はされない。
これまで人類が製造してきたプラスチックは、
燃えて灰にしたほんのわずかなものを除けば、ほぼ全てがある大きさで存在している。

プラスチックですらそうなのだ。
では、大量の放射線を吐き出し続ける世界の441箇所の原子力発電所は?

・・・というような耳の痛いシミュレーションが続く。
とは言え記述のメインは、未来ではなく過去だ。
人類が成したことを検証することによって初めて人類なきあとの世界が想像できる。
ハードSFはすべてそうだが、
単なるSFではなく、科学的アプローチに重点が置かれた本だ。

・・・
人類が消えたあと、
いや、地球すらも消えたあとの何十億年後の世界において、
それでもいつまでも残る人類の痕跡は何か
その答えとその理由のくだりが個人的にお気に入りの箇所。
それは読んでのお楽しみ、ということにしておきます。

面白い本。
固い本ではありますが、オススメです。

以下、本書に関する動画:

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