「エコ + 個人」 でEkojin。 そういう意味です。
エコな個人になれればいいな、と。

環境問題で必ず目にする有名な言葉に:

 Think Globally, Act Locally. (地球規模で考えて足元で行動する)

ってのがあって、あまりにも有名すぎて本当は誰が言い出したのか
分からないくらいになっちゃってるわけなんだけど、まあ、普通に良い言葉だと思う。

東京都心に勤めて随分になるけれど、
ずーーっと長い間、自分の中で矛盾を感じていた。

いままさに待ったなしのレベルで地球が蝕まれているというのに、
この瞬間に飢えている何十億もの人々と時間と惑星を共有しているというのに、
自分、または自分が属す狭い共同体の「幸せ」(かぎカッコ付き)を求めるために、
富を得て、
あるいは得ようとして、
しかもその行為が「努力」とか「能力」とかいう、
恵まれた世界にのみ通用する免罪符で正当化され、
世界の現実に目をつぶり、
あらゆる判断基準と思惑は一部の恵まれた環境にいる人々のそれが適用され、
「何を得ようとしたか」ではなく、
「どのくらい得たか」が権威と権力と賞賛のモノサシとなり、
謙虚よりも自己主張が価値あるものとされ、
得た者はさらに多くを得られる機会を得、
得られなかった者は努力または能力の欠如とされ、、、
しかもあろうことか、
多くを負う母であり、頼るべき寄る辺であり、ありとあらゆる活動の土台であるべき
地球とその環境を破壊し続け、今も破壊し、これからも破壊しようとしている。。
兄弟である他の生物種たちに対しても然り。

それを肯定する市場原理主義、
つまりアメリカ型資本主義のなれの果て、
資本家たちの利己主義の宴、
にどうしても与することができなかった。
ずーっと。

つまり心情的には資本主義そのものに反対。

ただ、少し冷静さを取り戻して現実的に考えると、
ここまで一般的になってしまった社会のシステムを、
変えるのはいくらなんでも難しい。
時計の針を止め、それからゆっくりと訴えるわけにもいかない。

ではどうするか。

ひとつの答えが、環境と資本主義経済のうまい融合ではないか、と思った。
そういう本も何冊も読んだ。
税制をコントロールして、環境負荷を税制に組み込む。
市場主義の原則によって、環境を守る。

・・・これって素晴らしい、、、よね。 人間って素晴らしいと思う。賢い。
人間が、好きだ。

環境と経済の融合というのは、言い換えると、エコと個人の融合だ。
それを目指したい。まずは、ローカルに。

Ekojin.comでは、
そんな環境と人間に対する愛情を、照れくさいながらも表現したいと思った。
アクト・ローカリーの心を忘れずに、
いまさらながら思ったこと見たこと聞いたことを発信していきたい。
遅ればせながら、やってみます。

最後まで読んでくださってどうもありがとうございます。